泥酔 「怒らんで聞いてほしいんやけど」 なんて前置きが必要な事柄など古来から自首と決まっていて、残念ながら今回も例外ではない。たまには別のシチュエーションで、たとえばサプライズプレゼントの前振りだとか、唐突に訪れた危険を察知して冷静に告げてみるとか、そういう使われ方をしなければ言葉だって報われない。 そんなくだらないことを思考の端がつらつら並べて立てるのも、せめてもの現実逃避である。叙情酌量の余地を求め、ジークはほんの少し下の目線から真顔で自分を見つめるカグツチを拝んだ。「メレフ潰してもうた」 いい大人が酒に飲まれるなど、と思わないでもない。特にルクスリア人は国民性として酒に強く、庶民の間では飲みの席で潰れるなど物笑いの種になることもある。ただしそれも相手が自己責任で自分の意志で適量を見誤った場合に使う理屈であり、煽るだけ煽った挙げ句冗談のつもりで止めを刺したジークが口にしていいことではない。 助けを求めに訪れた大人組女子部屋の内と外、開けたドアを挟んで端的な事実を述べたジークに、カグツチの顔がすっと険しさを増す。「潰したって……あなた、メレフ様に何をしたの? そんなに無茶な飲み方をするお人じゃないのだけれど」「いや一気飲みなんかはさせてへんで、ただちぃとな、冗談のつもりやってんで? 流石に突っ込まれると思うて、まあ悪ふざけやってんけど」「だから何をしたのと聞いているの」 帝国が誇る炎のはずのカグツチが発する声がそこらの氷属性ブレイドより冷たい。 ジークは言い訳を諦め早々に全面降伏した。「ウイスキーをスポドリで割って渡した」「馬鹿⁉」 普段から物言いが直情だとは思っていたがここまでの豪速球を投げられたのは初めてだ。一応ルクスリア王子やねんけどなあワイと普段なら自分から忘れ去っている身分を持ち出して心の中で反論するも、カグツチの切れ味が尖すぎて実際に口に出す気にはなれない。性癖によっては文字通り癖になりそうと他人事として思う。なお思い浮かべる特定の顔は別にない。「アカンて王子、その所業は擁護できへん」 と、カグツチの後ろから顔を覗かせたサイカが首を振る。自分のブレイドに背中から撃たれ、ジークは「いや」とせめてもの言い訳を試みた。「元々ワイが飲むつもりやってん。んでメレフが興味持ったから渡して、一口飲んだら返すと思うたのに飲みやすかったんかそのままごくーっていってもうたから」 更に言うならこれはヤバいからメレフには飲みきれへんってと笑いながら手渡したので彼女の負けず嫌いを大いに刺激してしまったのは間違いないのだが、事実を正確に吐露するといよいよカグツチの怒りが体感温度が高い程度では済まなくなるので黙秘権を行使する。そのやり取りに至るまでに舌の回りが普段より遅くなっていたメレフにとってその一杯はめでたく最後の一撃となり、ジークがつまみを補充しているうちに気付けばベッドに転がっていた。寝床に潜るまでは自力で達成したあたりやはり育ちがいいなと見当外れに感心し、そんなことよりこれどうすんねんと我に返って今に至る。大所帯での旅、路銀とキャパシティの都合から宿は決まって相部屋で、彼女の名誉と自分の保身と仲間の安眠のためにも部屋飲みをしていたジークの部屋にメレフを放置しておくわけにはいかないのだ。 カグツチは額を押さえて細く長く息を吐き出した。「分かったわよ、今怒っても仕方がないし、色々後で聞かせてもらうわ。ひとまずこちらの部屋にお連れするから手伝って頂戴」 断る理由も権利もない。幸い廊下に人影はなく、今なら誰の目にも止まらないはずだ。通路を挟んだ斜め左隣の3つ目のドアまでが妙に長く感じられたのは、背中に感じるカグツチの気配が仕方がないと言ったのとは裏腹に、まだ明らかに怒っていたからだろう。生真面目でメレフに対して心配性で過保護なカグツチからすれば、最愛のドライバーを酒で潰すなどどれほどの大罪なのか思いを馳せるだけで溜息が出るが、溜息を吐きたいのもきっとカグツチの方である。「王子、気ぃつけなあかんよ。スペルビアを怒らせたらルクスリアが滅んでまうで」 手伝いを申し出て付いてきたサイカが軽口で場を多少和ませてくれたのも、目的のドアを開けるまでだった。 部屋内に入り、洗面所とクロゼットへ繋がるのみの短い廊下の先の光景を認めたとき、その場の時間は完全に停止した。 いち早く我に返り慌ててドアを締めたのはサイカだろうか。凍りついた時を溶かすのんきな衣擦れの音が耳に届く。眼前の光景の理解を理性が拒否しながら一方で本能が喜んでおり、間に挟まれた感情が男という生き物の性になんだか物悲しさを覚える。いやそんなことよりとそいつら三人を纏めて張っ倒したのは圧倒的な現実に存続の危機に陥ったジークの生命そのものだ。「――ジーク?」 地を這う声が、しかし今生聞いたどの声よりも穏やかにジークを呼ぶ。錆びついた帝国製歯車式人形のように、ジークは振り返る。彼の多少の不幸ややらかしにはもう慣れっこであちゃーという顔すらしないサイカが手で口元を抑えているのが視界の隅に映る。 アーケディアの宗教画に書かれた天使もかくやと言わんばかりの微笑みで、カグツチが佇んでいた。ああいい笑顔だ。凄くいい笑顔。流石スペルビアの宝珠、こういうところまで完璧だ。拝んだらいいことがありそう。具体的には寿命というか余命が三秒後からあと五秒ほど伸びそう。その後苦しまずに死ねそう。「聞いてほしいのは遺言だったかしら……?」 現実逃避を差し置いても、美女の怒髪天は凄みがある。彼女の掲げた掌に青い炎が灯ると同時に、カグツチの後ろからサイカが抱きつくようにして制止した。「わーっ、カグツチ、堪忍! それだけは待って! ウチが王子を忘れてまうから許して! 後でちゃんとしばいとくさかい‼」「サイカ離して。あなたには申し訳ないけど許すことはできないわ。これはメレフ様と私とスペルビアの誇りにかけた問題なの。大丈夫、安心して、流石にルクスリア本土までは巻き込まないから。彼の命で手打ちにしてあげる」「全然大丈夫ちゃうってそれ! 気持ちはめっちゃ分かるけど落ち着いて! ちょっとだけ深呼吸しよ⁉ ほら吸ってー、吐いてー。王子もはよ弁明あるなら言いや!」「いやいやいやいやいやいや、ワイは知らんて! なんもしてへんって! 誤解や!」 ドア付近に固まって大騒ぎする三人など素知らぬ眠りで、メレフが小さく身震いをして寝返りを打った。その拍子にキャミソールが捲れ上がり、普段はぴんと伸ばされて、今は猫のように丸くなった白い腰を顕わにする。 ジークの記憶の限り、どこをどれだけどう掘り返しても、メレフは普段の軍服から鎧とコートを自身の部屋に置いてきて、体が熱くなってきたとシャツの第一ボタンくらいは外していたけれど、邪魔やないんそれと聞くくらいはしたけれど、彼女の衣服を剥いだのはジークではなく、カグツチを呼びに行った少しの間、念のためにと注意だけは向けていたジークの目を盗んだ透明人間でもいない限りは、健やかに寝息を立てているメレフ本人でしかありえない。シャツのボタンは全て外されるどころかシャツそのものがズボンと一緒にベッドの下に転がっていて、黒いキャミソールから角度によっては下着が覗いている。幸か不幸か最後の理性か下半身はぎりぎり毛布で防備されていたが、彼女の性格上色もデザインも上下揃えるだろうからだいたい想像がついてしまった。紺色のそれは機能性重視の作りをしていて想像通り(想像したこともなかったが)色気の欠片もないけれど、それでもまあ眼福と勝手に品評して勝手に満足するのは本当に男の悲しい性であった。 要するに、端的に言って、酔い潰れたメレフの寝姿は、普段の彼女を裏切って、たいそうあられもなかったわけである。「いや、ほんま事故、これは事故! それにワイ巨乳派やから! ひん剥く相手はもうちょい選ぶって!」「あなたどれだけ喧嘩売ったら気が済むの⁉」「王子もう黙って!」 この大騒ぎを仲間たちや他の宿泊客に聞きつけられなかったのは、もう本当に幸運としか言いようがない。 真っ先に我に返ったのは、やはりと言うかサイカであった。事の発端であるジークとメレフのブレイドであるカグツチよりは精神的に騒ぎの中心から離れていたため、現実を認識するのも早かったのだろう。「っていうかそれよりこの状況何とかせんとあかんって」 その一言でジークとカグツチも幾分落ち着きを取り戻す。カグツチについては「燃やすなら後からでもできるやろ?」とサイカが囁きかけたような気がするが、たぶん気の所為だと思いたい。 そして冷静になれば最も状況対応能力が高いのはカグツチであった。メレフに駆け寄り何度か揺さぶってみて、それでも起きない彼女に早々に見切りをつけ、毛布を肩まで引き上げる。メレフが何か唸っているようだったが、言葉までは聞き取れない。それに何やら返しながらひとつ頭を撫でやって、カグツチは彼女が脱ぎ散らかした衣服を手早く畳む。下手に近寄れないジークは壁の彫像と化して、出来るだけ見ないようにしながらその様子を伺う。「で、ほんまに何もしとらんやろな?」「してへんって。ワイかて命は惜しいわ」 サイカに肘で突つかれ、ひそひそ声を交わしていたジークを振り返り、カグツチは指示を出した。「レックスたちはホムラたちの部屋でボードゲームの最中だったわよね。サイカ、時間稼ぎをお願いできる? 私は着替えを取ってくるから、ジークは少しだけメレフ様のことを見ていて。ここで着替えさせてから部屋にお連れするから、ジークはその時運ぶのを手伝って頂戴」「残るんはワイでええんか?」「いいわけないけど私の体格だとメレフ様を支えきれないのよ」 至極悔しそうに美しい口元を歪め、忌々しげにカグツチは唸った。カグツチも相当に長身だが、メレフはさらにその上を行く。筋肉量が多いのもあって、いくらブレイドといえど嫋やかなカグツチ一人で正体を失くしたメレフを背負うのは困難を極めることは想像に難くない。そしてカグツチの体格で無理なら彼女より一回り以上上背の低いサイカはなおさら無理だ。現実問題としてジークしかそれが可能な人物がいないのである。苦虫を噛み潰した顔をするカグツチの、言葉通り苦渋の決断であった。「以上、散開」 こういう言葉がさらりと出る辺りカグツチも帝国軍属のブレイドなんやなあと考えながらジークは二人を見送った。「見とけって言われてもなあ」 残されたジークは一人ごちる。見ちゃあかんやろこれ。カグツチが毛布をかけたとは言え暑いらしく早々に胸元辺りまで引き下げられていて、アルコールで赤らんだ白い肌を晒している。つい目が行って気付いたが、よく見ればその胸は思ったよりはボリュームがあった。頭の中でカグツチが「死にたいの?」と凄んだのですみませんでしたと目を逸らす。「……ぅ……」 小さく呻いたかと思うと、メレフは寝返りをうった。毛布を抱き枕のように抱えてジークのいる方へ向き直る形となる。自然今度は太腿が露出されるわけで、せっかく逸らした目線がもう一度吸い込まれる。いやしゃーないやん、と今度はじと目をした脳内のサイカに言い募る。こんなん男なら誰でも見るって、見ぃひん男おったら百万ゴールドやってもええわ。 とはいえ怒り心頭だったカグツチが言ったようにこれは大事な仲間の尊厳に関わる問題である。ジークはクロゼットに備え付けられていた薄手のブランケットを引っ張り出して、毛布の代わりにメレフにかけてやった。暑くて蹴ってしまうならこれくらいならという配慮だ。「あーメレフ? 女なんやからこれはあかんて、襲われるて」 まさか自分がメレフに「女なのだから」などと言う日が来るとはと他人事のように感慨深いものを覚えながら(普段も今夜飲ませた時も距離感は完全に男友達のそれであった)、自分を襲いかかる危機対象から自然に除外したことに笑えてくる。だが冷静に考えてみると、もっともこの『冷静』とはあくまで人一人が潰れるのと同じかそれ以上にはアルコールの入った頭によるそれであるが、女性にしては大柄だがそれでも男性よりは肩などよほど華奢であるし、筋肉質でありながら女性らしい柔らかなラインと肉感を保っている。赤くなった肌はそれでも、雪国である故郷でもなかなか見ないほどに白く、つい触れてみたくなる肌理細やかさがひと目で分かる。女なんだからと言った後に思うのもなんだが、帝国最強の名を誇る軍人はそのお硬い男装を脱ぎ去ってしまえば誤魔化しようもなく女なのである。 案外抱けるかも、とわりかし最低の結論に至った最悪のタイミングで、メレフの瞼が震えた。「……」 焦点の怪しい飴色の視線が虚空を彷徨う。うわ今起きるんかいお前。せっかくならさっきカグツチに応じて起きてやればよかったのにと思いながら、ひとまず「おはようさん」と声を掛ける。が、メレフはぼんやりしたままだ。寝惚けている。覚醒に至っていない。それならそれでもう一回寝かせとくかと見守っていたが(最初から背負って移動するつもりだったので、彼女に起きていてもらう必要性は薄かった)、メレフは欠伸を噛み殺しながらゆっくりと身を起こした。きょろりと周囲を見渡して、視界に入ったはずのジークを完全に無視されたのは存在を認識されていないのか異性と思っていないのか。どちらでもいいがおもむろにキャミソールまで脱ごうとし始めたので全力で止める。それを脱がれたらほんとに死ぬ。ジークが。物理的に。勘弁して欲しい。ジークはまだサイカから忘れられたくないのである。「あかん、あかんて! カグツチが着替えもってきてくれるからもうちぃと辛抱しいや。脱ぐならあんさんたちの部屋戻ってからな」「……みずがほしい」 半分船を漕ぎながらメレフが言う。呂律は思ったよりしっかりしているが怪しさは拭いきれない。独り言なのかジークへ告げたのか判断し難い口調だったが、「はいはい」とジークはガラスコップに水を汲んで手渡そうとした。が、メレフは文字通り腕一本動かさない。ジークが眉根を寄せると、メレフは相変わらず焦点の合わない目でジークを見た。存在は認識されているようだ。「のませろ」 もしかして酒が入ると甘えたになるタイプかお前? 仲間の以外な一面を発見しつつ無視してコップを手に持たせようとするが、こういう時なのにと言うべきかこういう時だからと言うべきかメレフは驚くべき頑固さで固辞する。せやな割と言いだしたら聞かんところあるもんなお前。でも自分で飲んで欲しいねん。水を零さないようにしつつのしばしの攻防戦は結局ジークの負けで終わる。病的な負けず嫌いのメレフがこういうところでも譲るはずがないのだとジークは無理やり自分を納得させて、宿の部屋に備え付けられたサービスのコーヒーセットからストローを一本拝借した。それを彼女の口元に持っていったが、しかしメレフはまた不機嫌そうに首を振る。なんやねんお前とジークは半眼になったが、不機嫌そうにジークを見上げたメレフが目を閉じて唇を軽く開いたあたりでうっかり察してしまった。さっき、案外抱けるかもと結論したのがよろしくなかった。 アルコールで赤らんだ頬。滑らかな肌。目元に影を落とす長い睫毛と、よく手入れされて柔らかそうな唇。 キス待ち顔。 …………いやちょっと待てや! おかしいやろ色々! お前そういうキャラと違(ちゃ)うやろ⁉ 胸中では全力で、それこそ生まれてこの方堂々の一位を全会一致で取得する勢いで突っ込んだが、悲しいかな肉体が勝手に喉を鳴らした。据え膳食わぬは何とやら。しかも据え膳の方から食ってくださいとせがんできている。最も据え膳は食ったら死ぬ罠と分かっているが、じゃあ味見くらいはと勝手に妥協の線を引く。レックスという健全な青少年をからかうこともあるが、ジークもまた健全な成年男性であり、酒には強く酔うというほど酔いはせずともそれなりに、脳髄の思考にアルコールは侵入しているのであった。 だから、そう、心臓が高鳴って煩いのは、やはり酒のせいなのだろう。 生唾を飲み込む。 細顎に指を掛ける。 彼女のために用意した水を自分が含む。 本気にする奴がいるか愚か者と突き飛ばしてくれるなら何やねんと文句を言いつつ離れる準備はできていたのに、メレフが大人しいままなのが悪いのだ。 そして触れた。 想像よりも熱かった。 メレフは二度三度と喉を鳴らした。離れた時のリップノイズが異様に生々しかった。もっとと言うので繰り返した。思考を放棄して望むまま水を飲ませながら、こいつ慣れてやがると悟った。触れる唇に緊張感やぎこちなさが全く無かった。雛鳥が親から餌を貰うように、誰かから飲ませてもらう水をその唇は知っていた。浮いた話があるなど噂でさえ一度も聞いたことがないのに一体誰がと考えて、閉じた瞼の裏柄に蒼炎の影がちらついた。 お前かい! 思い込みであるはずなのだが消去法で考えても選択肢を上げていっても妙な説得力、もとい多少の常識を真正面からぶちのめす圧倒的現実感にジークは気付けば納得させられていた。 女同士で何しとんねんお前ら。 その分突っ込みは加速するが、では固い絆で結ばれた女同士と恋仲でも何でもないただの男女とどちらがまだ健全か考えれば前者に軍配が上がる気がしてジークは考えることをやめた。もういっそついでとばかりに舌先を突っついてみたら、それは経験がなかったのか即座に逃げられた。生娘のような、あるいは真実生娘そのものの拒絶に、割と可愛いところあるやん、と思った。乾きが癒えて満足したらしい彼女は再び枕に頭を沈めて寝息を立て始めた。さて、とジークは世界樹があるはずの方角の虚空へ顔を上げる。神様助けて、法王庁の手伝いを数年やったそのよしみと思うて、と今の今までろくに信じていなかったし何なら今も信じていない神に祈った。 明らかに『やらかした』ジークがカグツチの憤怒を免れ得たのは、神様の御慈悲とかそういう奇跡的な類のものではなく、単にカグツチが入室の際にノックを欠かさない品性を有していてくれたおかげであった。 部屋にノックの音が響くと同時にジークは一瞬で現実に帰った。メレフが再び寝こけていたのと、うっかり下半身に集まっていた血液がノックの音を聞くと同時にあるべき全身へ戻っていたのは幸いであった。通気性の良さそうな部屋着を持って行儀よくドアの前で待っていたカグツチを再度部屋に上げた時、ジークは幼い頃に教育された政治の場における笑顔のふりをしたポーカーフェイスを完璧に纏っていた。法王庁で行われたスペルビア・インヴィディアの停戦会談の際に見せたものと全く同じものである。仲間に対してそんな努力をするのも申し訳ない話ではあるが、自身の命には替えられない。 着替えの最中には廊下で見張りをして、終わればメレフを背負って女子部屋に返した。誤算だったのは思ったよりボリュームがあった通りに思ったより存在感のあった肉の柔らかさを布数枚を通して背に感じざるを得なかったことで、前かがみにならずに済んだ自分を褒めたい。おそらくアルコールのおかげである。感謝してもいいがアルコールのせいでこの状況に陥ったことを考えるとお釣りには足りなかった。 翌日記憶がないながらに迷惑をかけた自覚はあるらしいメレフが殊勝な態度で頭を下げてきたので、自身の所業は彼女の記憶とともに雲海の底深くへ、サルベージ不可能なモルスの地の更に奥深くへと放り投げると共に「ワイは別にかまへんけど」とジークは頭を掻いた。「あんさん絶対知らんやつと酒飲んだらあかんで。会食とかもあるやろうけど適当に誤魔化しや。記憶がないならなおさら、カグツチかワイがおらんところはやめとき」 カグツチの前だけに限定しなかった下心は、幸いにしてメレフには単なる友人からの親切心と受け取られた。分かった心に刻もうと生真面目に頷く軍服に酒の残り香はない。弱いが分解は早く抜けきったのだろう。だからジークはあの太腿の白さと唇の柔らかさを、酒精の見せた夢だと忘れることにしたが、到底忘れられるようなものでもなかった。2018/07/23 [2回]PR