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Dear, my dear.

ゼノブレイド2非公式二次小説置き場。 ジクメレ・カグメレ等メレフ中心。 管理人:琉

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空言

「愛しとるで、メレフ」

 トリゴの治安とスペルビアへの食物輸出についての会話が途切れた、その隙間にジークが放り込んだ言葉はつい先程まで頭に入っている数字と共に淀みなく論を紡いでいたメレフの舌を凍りつかせるには十分な威力を有していた。目を丸くして瞬きを繰り返したのは数秒、帽子の鍔から覗く眼差しがだんだん険しくなり、なんだこいつはと雄弁に語ったところで耐え切れずジークは大笑いする。
 胡散臭そうな困惑からまっさらな疑問に宿る困惑へと浮かべる困惑の種類をころりと変えたメレフは、はっと眉を開いて今度は苦虫を噛み潰したような顔になった。冷静沈着で知られる炎の輝公子だがなかなかどうして表情豊かだ。

「……四月の嘘か」
「せや。なかなかええ反応やったで」

 おかしさが腹筋を痙攣させるのに任せてひとしきり笑っているとメレフははあと溜息をついてククレール天然水に口をつけた。ガラスコップの中で氷がからりと音を立て、微炭酸の泡がかき混ぜられて立ち上る。

「ジーク、貴様は冗談が過ぎる。誰かに聞かれたらどうするつもりだ、スキャンダルでは済まないぞ」

 久々の貴様呼ばわりだ。当初は貴公、すぐに砕けてお前がメレフからジークに対する二人称になったがたまにジークの無神経が彼女を苛立たせた時貴様が出てくる。一応、他国の王族相手に、皇族出身とは言え帝国の高官が貴様と面と向かって言い放つ方が国際問題に近いと思うのだがそんなことを気にするようなジークならそもそも国を飛び出していない。この程度スキンシップの一種である。メレフにとってはある種迷惑な。
 スペルビア帝国グーラ領トリゴの中心部トレイタ風車広場に建つ宿屋フォレストに隣接するカフェ・サヴィーのテラス席。今ジークたちが会話するのはそんな開けた公共の場でメレフの指摘には一理ある。午前中は自由行動で一時解散していたが、昼食どきを直前に、この辺りにいればお腹を空かせた子供たちや自分たちのブレイドも戻ってくるだろうと時間を潰していた。ちなみにメレフとは示し合わせたわけではなく偶然行き合った。立ち話もあれだしとカフェに入ってアマミツティーを注文したが記憶よりずっと甘くてカップに半分以上残ったそれをジークは持て余している。その甘ったるさをきちんと記憶していたらしいメレフは大人しくクレオール天然水を頼んでおり、分かっていたなら教えてくれてもええやろと文句を言ったジークに甘党なのかと思ったと涼しい顔だった。彼女は住民を不要に刺激しないようにと普段の軍服ではなくシャツにスキニーパンツ、ハンチング帽にスカーフといった私服姿だ。周囲の席にはグーラ人の夫婦や家族、店先ではグーラ人とスペルビア人の子供二人が月光バナナ・オレを分け合って飲んでいる。日差しは穏やかで風は優しく絶好の花粉日和、そんな春を極めた時間にジークが投げ込んだ言葉は確かに傍迷惑な青天の霹靂ではあるがそんなに怒らなくてもいいと思う。

「心配せんでも誰も聞いてへんわこんなもん」

 その程度はジークだって弁えている。弁えるラインが彼女より低い位置にあることは敢えて否定しないが。周囲の客は各々のお喋りに夢中で自分たちなど気にも止めていない。軍服を脱いだメレフがまさかこのグーラの統治権を持つスペルビア帝国の特別執権官殿であるなど思っていないのだ。彼女が私服でも帽子を被っている分なおさら正体を特に秘密にする気はなく結果的に隠せている。

「こういうイベントは適当に乗っとくほうが人生楽しいで」
「余計なお世話だ」
「ボンらもなんや考えようたわ」

 嘘を吐かず率直に生きましょう。そういう道徳の元育った子供たちにとって合法的に嘘を吐いていい日というのは新鮮味があって楽しいらしい。それぞれ相手に内緒で嘘を考える子どもたちにジークはアドバイスの名の下ルールを教えた。ひとつ、相手を傷つける嘘は禁止。ふたつ、嘘を吐いていいのは午前中だけ。みっつ、吐いた嘘は今後一年実現しないので内容は計画的に。

「そうなのか? 私は何も聞いていないが…」
「そりゃ誰もメレフにそういう話求めへんやろ」

 生真面目で冷静でしっかり者、メレフの評価はそのように高く固まりきっており、子どもたちはその全幅の信頼を以て四月の嘘に限っては彼女のアドバイスは役に立たないと見限ったに違いない。
 メレフはむっとしたように目を細める。

「叱られるとでも思うたんちゃうか?」

 取り敢えずフォローを入れてみる。

「私だってそれくらいの洒落は分かるつもりだ」
「後はメレフは嘘苦手やろ? すぐ顔に出よる」

 そのフォローをジークは自ら台無しにする。

「そんなことは…」
「いやだいぶ分かりやすい思うで。冗談下手やし。まあ人間向き不向きはあるからしゃあない」

 この段になってジークは完全に面白がる姿勢だった。
 他国のことながら為政者としては心配になる程にメレフの心情は顔に出る。帝国の特別執権官は凄腕だが冷徹と名高いので政治の場では上手くやるのだろう、実際アーケディアでの会談の場ではスペルビア皇帝ネフェル傍に在ってポーカーフェイスを保ちながら時折彼の言葉を補足しインヴィディアの言い分の隙を突き執権職としての有能さを遺憾なく見せていた、ジークはそれを横目に噂に違わぬ冷血漢だと――一応言っておくがこれは政治家としての彼女を評価する褒め言葉である――感心したものだが、その後旅の仲間となりメレフのプライベートと素の表情に触れその本質がわりとひどい――これも断りを入れておくが一人の人間としての彼女を慈しむ褒め言葉である――ことを知った(なお、唯一ボードゲームだけはその限りでなかったことをここに付け加えておく。鍛えられたポーカーフェイスから手繰り寄せる彼女の勝率はなかなかえげつない)。お人好しで心を許した者に対して内心をすぐ顔に出して他者の言動への許容ラインがやたらめったら高い。そして病的な負けず嫌いでちょっと突っついてやったらあからさまなからかい目的だと普段の彼女の冷静さで言えば気付いてしかるべきなのにすぐムキになって墓穴を掘る。そういつかのエルピス霊洞のように。
 そしてメレフはジークの既視感の通りの笑みを浮かべる。霊洞最奥部でも見た、何か絶対間違った方向に腹をくくった顔。それが分かりやすいと言うのだ。なおジークは彼女のそんな素直さを美徳だと思っている。

「ならば先ほどの返事をしようではないか」
「お、なんや言うてみ」

 だがしかし、ジークはひとつ失念していた。
メレフは冗談が壊滅的に下手で、そして、その落第点の嘘は、ジークの脳機能を一時的に停止させるには十二分の破壊力があったのだ。

「――私は、ジーク、お前が大嫌いだ」

 5秒を数える間、ジークは生命活動だけをかろうじて維持していたと言って差し支えない。要するに、その返事に思考と言葉の全てを奪われた。

「お前ほど信の置けない男に私は出会ったことがない。お前ほど理解し合えない人間も。……この旅が終わって別れが訪れた後、私はお前のことをもうずっと思い出さないだろう」

 薄っすらと色を乗せて艶やかな唇が確かめるように言葉を紡ぐ。分かりやすいと笑ったジークへの挑戦か、メレフはポーカーフェイスを極めていて表情から内面を窺い知れない。ただ淡々と。当然の事実をなぞる声がひとところに寄り集まって魂のみが感じる質量を伴いジークを貫く。おかげで馬鹿みたいに瞬きを繰り返す羽目に陥った。
 無言のままアマミツティーを口に含む。噎せ帰る甘ったるさがねとねとしながら鼻に抜ける。
 さて、前提を思い出そう。
 メレフの発した返答は、全て美しいほどに嘘である。

「……メレフ、それはあかん、ルール違反や」

 右手で額を抑え、左手を開いててのひらをメレフに突き出して、立ち直ったジークが真っ先に発したのは文句であった。

「流石のワイもそれは傷つく」
「む。そうか。すまない。手持ちの嘘がこれしかなかった」

 素直な謝罪と共に結局嘘が下手な自白を貰ったがジークにそれをあげつらって反撃に転じる余裕はない。彼の戦闘スタイルは自身のテンポを保って一撃を畳み掛ける類のもので実を言うと想定外の攻撃を切り返すことを最初から想定していない。軽口の応酬についてもそれは同じ。

「仲間から面と向かって嫌い言われてみぃ、結構えぐいもんがあるで。ワイの心はインヴィディアのステンドガラスのように繊細なんや」
「スペルビアの誇る超硬ガラスの間違いではないのか」
「メレフお前、謝る気ないやろ」
「謝罪はしただろう。これはただの意趣返しだ」

 正論はメレフだ。先にからかうだけからかって思いがけず凶悪なものが返って来たので異議を唱えました、が現在のジークの姿であって、たぶんニア当たりに見られていたら「亀ちゃん流石に物凄いダサい」と半眼の溜息を頂くこと請け合いだ。
 だが、ルール違反を指摘されてメレフは自身の嘘に満足していないらしい。ふむ、と唇に人差し指を沿えて何やら考え始める。第二弾のお出ましかと身構えながら大人しく襲撃を待つ。上手に逸らす先の話を考えるにはジークの思考は回復が遅れていた。だって考えてみてほしい。先の彼女の言葉が嘘なら真逆の本音に変換すると以下の通りになる。

 ・お前が大嫌いだ⇔お前が好きだ
 ・お前ほど信の置けない男に出会ったことがない⇔お前ほど信頼できる男と初めて出会った
 ・お前ほど理解し合えない人間も⇔お前ほど互いに理解できる人間も
 ・お前のことをもうずっと思い出さないだろう⇔お前のことを忘れないに違いない

 多少受け手の解釈が入り込むとはいえ概ねこうなる。どれを取ってもどう読んでもどこに出しても恥ずかしくない愛の告白そのものだ。そんなものがすらすらとお堅いメレフから出てきた攻撃力の無駄な高さは推して知るべし。告げた本人に自覚が全くないのが救いなのかなお質が悪いのかは判断に困るところである。指摘して慌てる様でも眺めてやろうとは思ったが――いつかのエルピス霊洞のように顔を赤くしてしどろもどろになりながらの全力拒否を頂けるのが想像に難くない――いや待て今日が今日なのでそれも嘘かと疑問が残る――埒が明かない――余計面倒くさいことになりそうなのでジークは黙ることを選択した。たぶん間違ってはいない。
 なお傷ついたことは本当である。直球が過ぎる言葉は嘘と知ってなお切れ味が鋭い。

「たとえば、旅が終わった後」

 木製のテーブルに頬杖を突いたメレフが真っ直ぐにジークを見る。
 その時、トリゴの街に鐘が響いた。正午を知らせるため低く空気を震わせて風に霧散する耳に心地よい金属の音。
 口を開いたくせにそのあと少し考え込んで発された、ともすればその鐘に上書かれてもおかしくない声はだけれど朗々とジークに届いて。

「こんな風にただ穏やかに、お前と日々を過ごせたら、それは途方もない幸福なのだろうな」

 鐘が鳴り終わる。ジークを見据えたメレフの視線がふっと逸れて彼より更に遠くを見やる。つられて振り返ると遠くにレックスたちの姿。なるほどガレーデ居住区を抜けてトラの家にでも帰っていたらしい。一行の中にサイカとカグツチはいないが、どうせ食事時となればこの辺りに戻ってくる。

「帰って来たな。昼食をどうしようか。このカフェのプレートで足りるのか?」
「足りんやろなあ、成長期の食欲舐めたらあかんわ。待つかもしれんけどもっとがっつりのとこ行こか」

 伝票を持って立ち上がる。彼女の分の支払いを受け取りながら「さっきの話」と蒸し返す。

「ルール違反か、ルールとは関係ないんか、どっちや」

 けれどそのときにはもう、「先に出ている」とメレフは自身の鞄を持ってラコント噴水の方へ軽やかに歩き出していた。

 
 最後に注釈しておこう。
 この日ジークはメレフに対してふたつほどささやかな嘘を吐いた。
 それぞれが何であったかの答え合わせを行うのは無粋だが、強いていうなら冒頭の言葉はそのひとつではない――もっとも表現として大仰が過ぎ多分にからかい目的の言葉選びなことは否定しない上人間の女としてはという前提を絶対的に書き加えねばならないが――そこで笑っていたのはゼロからの嘘ではなかったことは、確かである。


2018/04/01

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