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Dear, my dear.

ゼノブレイド2非公式二次小説置き場。 ジクメレ・カグメレ等メレフ中心。 管理人:琉

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不貞


「私は不貞なのでしょうか」
 と、メレフの腕の中でカグツチは言った。消え入るような声だった。
 まどろみの中左腕を彼女の枕にして指先だけでほの青い髪の柔らかさを楽しんでいたメレフは、すっかり目を覚ましてカグツチへ顔を向けた。カグツチはメレフの腕に額を押しつけるようにして俯いていた。同じ毛布に包まって、二人とも裸だった。
「不貞を働いたのか?」
 不貞というのもおかしな単語かもしれないと考えながら、メレフは問うた。激情はまるでなかった。吐息がさざ波のように夜に広がり、ベッドサイドに置かれたアンティークのカンテラをそっと通り抜けて炎を揺らした。
 カグツチは答えなかった。
 メレフはしばし考え、言い回しを変えた。
「いまのお前は、不貞を働いたのか?」
「いいえ」
 今度はすぐに応えがあった。
「ならいい」
 と一蹴するには彼女の自責めいた何事かはあまりに繊細で彼女の責任を超越していて、そしてあまりに的外れだった。メレフは眉を下げると、身体ごとカグツチに向き直り、肉の薄い肩を丁寧に撫でた。絹糸より滑らかな手触りの中に、汗の名残を感じた。
 予感はしていた。共に眠る夜は珍しくない。肌を重ねた夜は数えていない。しかし彼女が抱かれたがる夜半はいつだって同じ背景を黒く塗り潰していた。恥じらいではなく後ろめたさで目線を合わせず、甘ったるさの足りない声の切実がメレフの名を呼ぶ蒼炎の影に、彼女は硬質な気位を脱いだ脆さを懸命に隠していながら、メレフがそれを見つけてくれることを乞うているのだった。
 求められるがまま与え、噛み殺した悲鳴を上げたカグツチの欲はいったんの結実を得たかに見えた。が、肉体の満足と精神の充足は必ずしも等価の関係でない。むしろ片側の空虚をより際立たせてしまったのかもしれない。
「何か思い出したのか?」メレフはわざと軽い声音で問いを重ねた。「ブレイドが過去を思い出すなど、世紀の発見かもしれないな。でも黙っておかないと、そこらの研究者にお前が連れて行かれたら大変だ」
「そうだったら良かったのですが。……いえ、そうではなくて幸いなのかもしれませんが。それでも、もしそうだったら、もう少し開き直れたのでしょうか」
 まるで真反対の言葉を並べ立てながら、カグツチの肩から僅かに力が抜けた。少なくとも、自分は間違いはしなかったらしい。頬を緩め、華奢と豊満が同居する肢体を抱き寄せた。何物にも阻まれない体温が互いを分かち合ったが、コアクリスタルのひんやりとした硬さだけが二人を決定的に違えている。
「昔の日記を読み返していたな」
「はい。とても幸せな思い出でした。……当時の私も、愛して頂いたようです」
「こんな風に?」
 背中のくぼみをついとなぞる。
「そこまでは、書いていませんでしたけど」
 身体を震わせながら、カグツチははっきりとは首を振ってくれなかった。
「そうであればいいと思う?」
「分かりません」
「いまのお前は、私のものだ。それで何が足りない?」
「いいえ、足りないものなど、何一つ」
 くすりと吐息が零れた。メレフのものではなかった。触れるコアクリスタルは、いつまでたっても体温になってくれない。
「申し訳ありません。今夜は少し、寒かったので。寂しくなってしまったついでに、いつ聞いたかも誰が言っていたかも忘れてしまった噂を思い出してしまったのです」
 きっとその噂は黒く粘っていたのだろう。
 唇を寄せた。柔らかな熱を啄んで、言葉を奪った。
 炎の輝公子は同性愛者レズビアンだの人形偏愛症ピグマリオンだの、おそらくは反帝国主義者が流布した口さがない噂は市井に事欠かない。多くの人民はそこに潜んだ悪意に敏感で、善意の愛国主義がメレフの代わりにそんなことはないと噂を低俗な噂に留めて置いてくれているが、ベッドを共にして睦む二人を知れば彼らはどんな反応をするのだろう。もしかしたら噂の種は話好きのメイドが気を抜いた瞬間に風に乗って蒔かれたのかもしれない。
 とはいえ、否定はさせてもらいたいところだ。まず人形偏愛症の対象にブレイドは含まれない。前者を特段強く否定するつもりはないが、ブレイドの男性形女性形は生物学的な性と無関係で、ブレイドという種をひっくるめて第三の性と見る論説もある。ブレイドは人間を愛するがブレイド同士が番う例は稀で、要するにブレイドからすればブレイド同士の関係こそが同性愛的と言える。
 もっとも人間であるメレフからすればカグツチは紛うことなき女性であるが、特定個人へ向けて関係の持続と発展を希求することを恋と呼ぶならこれが恋で全く構わない。
 そしてそれこそを恋と定義するならば、メレフはカグツチのもう何人目か分からない恋人ドライバーだった。
 ブレイドの性格類型は人間と同様多岐に亘るが、カグツチがドライバーから愛されることを強く望み、またその実現に無上の幸福を覚えるブレイドであることは疑いようがない。何度となく共にしたベッドの中、夜さえも隠しきれないカグツチの幸せそうな笑みといったらないのだから。
 そして彼女の願いが幾度となく叶ったことを、メレフは事実として知っている。歴史と呼ぶにはあまりにプライベートな、しかしスペルビア皇室へ溜め息のように伝わる確かな過去。
 事実は事実で、無色透明だ。カグツチから見れば美しく光り輝いて、メレフからすればその美しさがつまらない程度の違いしかない。ただしその透明の複製の複製の複製を貶めることは容易だ。
 帝国の宝珠は時の皇帝の慰みものだったと。
 その悪意は過去の純美を辱めるには足りないが、過去を単なる過去としてしか受け取れない当事者には十二分な刃物であるのだろう。
 慰み者などではない、愛されていたのだ。
 毅然と首を振るために反論を試みれば自らの言葉がたったいま息をしている唯一の恋を否定するよう作用することが醜悪この上ない。そこまでが意図されていたわけではなかろうが。
「私を見ろ、カグツチ」
 唇の触れ合う距離で、メレフは言った。
「メレフ様……?」
「私だけを見て、私の声だけを聞いて、私の手だけを感じて、私だけを思って、私だけを感じていろ。それ以外を許さない」
「メレフ様……あっ……」
 身を起こして、のし掛かって、耳を食んだ。鼻先を囓って瞼を舐め、細めた舌先で首を撫でた。平らな腹を手のひらで撫で付けるとカグツチは甘ったるく鼻を鳴らして身を捩った。へその下へ右手を伸ばした。その場所はまだ湿り気を帯びていた。吸い付くように柔らかい肉のあわい目に指を這わせると、花びらは容易く開いて蜜を垂らした。
 あ、あ、と抵抗もなく鳴き始めた喉に吸い付く。痕を付けることをカグツチは嫌がらない。どうせ翌朝には綺麗さっぱりなくなってしまうからだ。ブレイドの治癒能力は指先より小さな内出血が朝日を見ることをただの一度も許さない。
 震える果実をくすぐると、既に今夜の恭順を一度終えていた白い肉体は驚くほど呆気なくメレフに屈服した。メレフがほんの少し体重を乗せるだけで簡単に潰れてしまう豊満な丘陵の頂きでは、手のひらに吸い付くような胸の柔らかさと裏腹に、自分も愛して欲しいと言ってつんと拗ねていた。それを咥えてやるだけで熱っぽい呼気が暗がりに紛れた。一定のリズムで上下に動いていた右の中指が、もうすっかり熱くて仕方がない。
「メレ……フさまぁ……、……ぁは……」
 彼女の熟れきった内側はしとどに果汁を零しながら自ずからメレフを受け入れた。しなやかな脚は開かれて、毛布に隠されている安堵感からか細い腰が物欲しげに浮いている。
「欲しいか?」
 第一関節までを食べて、そこで止まっていた。メレフが指を引いたからだ。
 すっかり浮かされた顔で、カグツチは頷いた。
「はい、メレフ様……。ください、あなたをください……欲しい、です……」
「良い子だ」
 メレフは意地悪をするでもなく、ひとつ微笑んでカグツチの望みを叶えてやった。中指を根元まで差し込むと、白い喉があえかに震えて仰け反った。誘われるように齧り付きながら、物語の化け物のような血を吸うための牙がこの口にあればいいのにと思った。そうでなければ男根が欲しかった。肉の壁へ押し入って引っ掻くこの指先が届かない奥の奥まで彼女を征服したかった。そうして空いた両の手でまろい肉を無茶苦茶に揉みしだいてカグツチから一切の言葉を奪ってやりたかった。きっと一片の記憶にだって残らない昔に、他の誰かに囁かれたはずの、ふしだらと清純のちょうど真ん中で可憐に震えた言の葉たちを。
 つまらなかった。まったくもってつまらなかった。カグツチは知らない。出会った瞬間からカグツチの、あらゆるカグツチのたった一人にはなれるはずもなかったメレフの苦悩を何も知らない。メレフが手に入れることが出来たのは目の前にいるカグツチだけで、それはカグツチの時間の中でいかほどの短さか。だのにそれっぽっちの刹那さえ気を抜いたらカグツチは過去へ分け与えようとする。その行為がどんなにかメレフの頭蓋の内側をちりちりと焦げ付かせるか、彼女はきっと想像だにしない。いまのお前は、私のものだ。それがメレフの心臓からにょきにょきと萌芽する嫉妬を除するための言葉だなんて。
 不貞と呼ぶなら、それは彼女の過去にはない。ただ、現在のみにある。メレフのための生命において、メレフのために使われるべき記憶を使い、メレフのためにある時間を割いて過去の恋人過去の恋人だれかを想う、これ以上の裏切りがこの世のどこにあるだろう。だから、そういう意味で、カグツチが案じたのとは違う場所で、彼女はやはり、不貞なのだろう。そして遠い未来、その時隣にいる誰かのための生命において、誰かのために使われるべき記憶を使い、誰かのためにある時間を割いて、未来のカグツチはメレフを想い、いつかの帳尻合わせをする。その連綿が、きっとカグツチの誠実なのだ。
 だからこそ、何一つ叶わない代わりに、優しく優しく、彼女を愛した。快感が肉に留まり心を潤すに足りぬなら、肉の器から溢れたそれが彼女の内側を真っ白く染め上げて満たすまで導いてやれば良いだけの話だった。
「やっ……あ……メレ、様、だめ、だめ……きゃぅ……っん……」
 カグツチの肉体が一度大きく跳ね、余韻のような痙攣を残しながら弛緩しても、メレフは彼女を解放しなかった。
「あ、メレフさ……ま、……ひあっ……ん、おゆる、し、くださ……」
「目を開けてくれ」
 嘆願には応えず、囁いた。
「お前の瞳を見せてくれ」
 ひくりひくりと震える彼女の内側のあちこちへ、メレフの指は余さず這った。毛布に覆われてなお耳に届く音が時折くちりと鳴ると、途方もない女の香りと熱帯夜のような気だるい熱さがメレフの手に纏わり付いた。どろどろと溶けたカグツチの受容が自分の手を汚していく。奥歯よりもさらに奥で言いようのない喜悦を味わいながら、より深くを求める。
 泣き声のような嬌声を耐えず零し、必死に呼吸をして身を捩り、再度の絶頂の気配に怯えながら、カグツチは従順に瞼を開いた。一対の紫水晶アメジストは美しく濡れそぼってメレフを映した。それは上り詰めた拍子にきゅっと隠されたが、一筋の涙を流し終えるともう一度自らをメレフに晒した。
 夜の真ん中でこの瞳に貫かれる何人目なのだろうと考える。自嘲の代わりに、「愛しているよ」と囁いた。「綺麗だ」「可愛いよ」「美しいな」「痛くないか」月並みな言葉ばかりがぽろぽろと零れ落ちて、汗の玉になってカグツチの肌を流れた。
 熱の洪水を掻き分けることを続けていると、やがてカグツチの頬はすっかり緩んで、双眸は恍惚とメレフを見つめるばかりになった。艶やかな唇が薄く開いて口吸いを望み、それが叶うと頬擦りをした。唇の紅さへ暇な左手の指先でついと触れると、カグツチは飢えを癒やすようにそれを咥えた。舌の熱さが指を這うのとちょうど同じようにして呑み込まれたままの指を動かし、捻り、二本にして別々の壁を撫で付ける。なおさら昂ぶるのか、指を吸う舌の必死が増した。いまやカグツチの全身は外から中からどこもかしこも彼女自身が炎になってしまったかのように熱かった。その炎が逆巻いてメレフを包み何もかもが終わってしまうならそれはそれで構わなかった。
 そんな望みが叶うわけもないままどれほどそうしていただろうか。
 カグツチは正しい呼吸も安寧の心音も忘れたまま、下りることを許されぬ絶頂の連続の最中、掠れた喉でメレフを呼ぶと、そのまま意識を手放した。この夜に輝く那由他の星々の中いっとう美しく瞬いていた瞳は最後までメレフを映し続けたまま、その現し身を彼女の夢路へと連れ去った。
 ようやっとカグツチの内側から指を抜いた。指先はふやけて皺を刻んでいた。
 メレフは深く息を吐くとカグツチのすぐ隣へ身を倒した。マットレスの反発がカグツチの身体を上下させたが、彼女は反応を示さなかった。汗ばんだ身体を抱き寄せる。自分と同じ香りがした。
「私が死んでしまった後お前がもう光らなければいいのに」
 そうすれば全部許せるのに。呟いて、思い直す。それでは損だ。未来のカグツチの時間を掠め取ることができないのだから。
 ならばと閉じた瞼の裏で別な想像を思い描いた。そう、たとえば、遠い遠い未来、もう巨神獣を必要としなくなったこの世界で、けれどいつか、書き溜めた日記の一切を捨て去って彼女が巨神獣になったそのとき。大きく優雅な翼の、美しい鳥のような。羽の一枚一枚が蒼い炎を纏い、艶やかな紫の体躯で夜を切り裂いて、星の粒より細かな火の粉がぱらぱらと静かの海に舞い落ち、人々が眠れぬ夜の吉兆だと邂逅を喜ぶような、そんな巨神獣になったとき。
 彼女はメレフに出会う。メレフという名前ではないメレフに。この魂の在処に降り立つ。皇族だろうと平民だろうと男だろうと女だろうと奴隷だろうと孤児だろうと人間でさえなくとも。何も覚えていない彼女は何も覚えていないメレフに寄り添い、その炎で温める。
 その未来の世界のどこかではメレフと同じようにいつか彼女のものだった誰かの魂もあるかもしれないけれど、数多の恋の中から彼女が選ぶのはメレフなのだ。全ての過去と未来を踏み躙り最愛の百人を裏切って、たった一人かつてメレフという名で呼ばれていた魂を選ぶ。
 その妄想は、想像とも呼べぬさもしさで、この世に二度とない不実を彼女に強いて、そのくせ宇宙の始まりから終わりまでを探しても見当たらぬほど、甘い。
「不貞は、それを強いているのは、きっと私なんだよ。カグツチ」
 カグツチが大切にしたいものとそれを大切にするカグツチを自分のためだけに夢の世界で貶める。口でならばいくらでも、お前の大切なものは私だって大切だよと微笑んでみせるのに。こんな性根を知られたら、たとえ彼女でも愛想を尽かすに違いない。
 目が覚めたら、同じ頃に覚醒したカグツチが気恥ずかしそうに「昨夜は申し訳ありません」と頭を下げるのだろう。その髪を撫でてメレフは、「気は晴れたか?」と造作もなく笑ってみせるのだろう。本性の不義をすっかり隠して、カグツチが愛してくれる自分に成り代わるのだろう。それこそ、不貞に他ならなかった。
 


 
2020/03/10

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