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Dear, my dear.

ゼノブレイド2非公式二次小説置き場。 ジクメレ・カグメレ等メレフ中心。 管理人:琉

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少年だった頃 2

男児誕生の報が帝国中を巡って数日。皇帝リカルドゥスの命により、皇宮ハーダシャルに招ぜられたメレフに付き添って、カグツチもまた玉座の間に赴いていた。帝都は皇子誕生の報に浮かれ、お祭り騒ぎの様相すらあり、ハーダシャル内部においても平時よりやや浮ついた空気が流れていると言うのに、この玉座の間には居心地の悪い静寂が沈殿している。
 玉座にて待つリカルドゥスの傍まで真っ直ぐに歩んでいたメレフは、玉座へ至る階段前に至ると、右手を胸に当て、首を垂れる。その後ろでカグツチも倣う。皇帝が帝国軍総統を兼任するスペルビアにおいては、謁見の礼すなわちスペルビア軍の最敬礼だ。
 メレフは滞りなく参上の挨拶と子息誕生の祝辞を述べ、また祝いの品を後宮へ贈った件を報告する。

「――早速だが、本題に入ろう」

 リカルドゥスは重々しく頷いた。低く威厳のある声が、ぴりりと空気を引き裂いて響く。あまりに大きく聞こえたその声に、カグツチはふっと違和感を覚えた。

「先日生まれた男児。名をネフェルと付けた。ネフェル・エル・スペルビアだ。お前の従弟おとうとに当たる」
「ネフェル様……。陛下の御子に相応しい、美しい名でございます」

 久々の義父子おやこの対面――とは形容しがたい重々しい空気の中、やけに大きく聞こえる二人の会話を見守りながら、カグツチはふと、人がいないのだと気が付いた。皇帝に謁見する機会はこれまでもあったが、近くには必ず宰相が控え、警備兵も大勢待機していたはずだ。それがいま、この空間に、自分たち三人以外いないのである。音を吸収する生き物が他にいないゆえ、声が響いて聞こえるようだ。

「――メレフよ」

 それが人払いだと気付き、人払いをしてまで皇帝がメレフに直接告げる言葉とは何かということを察し――嫌な予感と呼ぶには鮮明な輪郭を有して全身にざらりと広がった苦く黒い感覚に、反射的に上げそうになった声をどうにか堪えたとき、帝国の頂に座す男の言葉に、カグツチはその想像が正解だったと知らされる。

「皇統は、ネフェルに相続させる」

 メレフが息を呑んだ小さな音が、ろくに響きもしなかったその息が、どうしてだかカグツチにははっきりと聞こえた。

「スペルビア皇統は男子継承が慣例。ネフェルの誕生により、それは果たされた」

 聞こえていないと言いたげに、皇帝の言葉は淀みなく続く。

「……はっ。存じております」

 震えを噛み殺した幼い声が首を垂れる。
 一方のリカルドゥスはあくまで淡々と言葉を紡いでいく。
 にわかに息苦しくなった。
 空気が凍っているようだった。

「皇室直系の男児……。あれが正統の後継だ。そして、メレフよ。お前の役割もまた果たされた。――これよりは皇子としてではなく、好きに生きると良い」

 びくりと跳ねたメレフの肩が、震えもせずに固まった。返答もなく、ただ息苦しい静寂しじまばかりが降り積もる。
 あくまでメレフのブレイドとして傍観を貫くつもりであったカグツチの中で何かが弾けた。

「陛下! お言葉ですが、そのような……」

 目の奥が突沸して熱を宿し眩暈すら引き起こす。不敬も無礼も無視をして、胸中に渦を巻く怒りのままにカグツチは声を張った。こんな時でもぴんと張られたメレフの背は動かない。
 同調してから二年。たった二年。けれどその間、カグツチは誰よりもメレフを見ていた。彼女のブレイドとして、誰よりも傍に寄り添っていた。皇帝に相応しい人間になるのだと、そう言って張った肩肘を見ていた。そう在るためにカグツチが幾度も伸ばした手に目もくれず、一人で立とうと懸命だった背中を見ていた。ただ真っ直ぐに国を思う瞳の真っ直ぐな煌めきをずっと見ていた。
 リカルドゥスの言は正論だ。血筋で見ても慣例で見ても皇統はネフェルが正統だ。
 けれどだからと言って、最早用済みだと言わんばかりのその言葉を、どうして受け入れることができよう。

「メレフ様が、どれほど陛下のご期待に応えようと必死でいらしたか、陛下もご存じのはず。それを……!」
「カグツチ!」

 言い募るカグツチを制止したのは、カグツチに背を向けたままのメレフ本人であった。丸まろうとする肩を、懸命に伸ばしているのがよく分かる。玉座の間を切り裂いた残響が頭蓋に響いた。

「いいんだ」震える声がそう言った。「陛下のお言葉は正しい」
「ですが、メレフ様」
「いいんだ、カグツチ」

 十歳の子どもに、含めるように繰り返して宥められ、それ以上何も言えなくなる。メレフは一度も、カグツチを振り返らなかった。だからカグツチには、その堪えるような声音だけで、メレフの表情を想像するしかなかったが、懸命に唇を引き結んでいる様が、まるで眼前にあるかのようにはっきりと見えていた。

「陛下。わたしのブレイドが、失礼いたしました」
「うむ」

 鷹揚に頷いたリカルドゥスは大きく息を吐き、先程までよりかは幾分か柔らかい声で告げた。

「気が向いたら、ネフェルに会いに行くと良い。今後については、ゆるりと考えよ」
「はい。陛下のお心遣い、いたみいります」

 その後、二言三言言葉を交わしていたメレフだったが、話がひと段落し退出を命じられる。メレフは深く一礼して踵を返し、行くぞ、カグツチ、と彼女を促した。メレフはカグツチを一瞥もしなかった。俯いてこそいなかったが、カグツチから顔を隠すように、逆の方向を傍向いていた。

「カグツチ」

 一礼し、メレフに続こうと踵を返したところで、リカルドゥスに呼び止められて歩を止める。
 エレベーターに乗り込もうとしていたメレフが驚いて振り返った。やっと拝めたメレフの顔は、泣いてなどはいなかった。ただカグツチが想像した通りに、唇を固く結んでいた。
 困惑する二人に、スペルビアで最も高貴な男は深く笑う。

「カグツチ、お前に少々話がある。残りたまえ」




 玉座の間よりエレベーターを下りハーダシャル軍港へと降り立つ。先程までとは打って変わり、忙しない喧騒が緩やかに吹く風に浚われきれずに広がっていた。黄砂に滲む空はそれでも青く雲海は白く、港に着けられた巨神獣アルス戦艦の側では整備士や兵士が出港の準備を整えている。普段より警備兵の数が多いのは、玉座の間にいない分、そこへ至る唯一の通路であるこの場の守りを固めているのだろう。
 カグツチを認めた兵士たちが次々に佇まいを直す。それらを景色として周囲を見渡し、メレフの姿を探した。皇帝に呼び止められたのはカグツチだけであったので、メレフは先にエレベーターを降りていたのだった。だが、その姿は視界の限り認められない。
 兵士に問い掛け、メレフが向かったという方角へ歩を進める。方向から察するに控えの間だろう。先に離宮へ帰ってしまったとは思いたくないが。
 辺りにメレフを探しながら控えの間へと歩くカグツチだったが、喧騒のハーダシャルにて、兵士たちが自分に向ける目が今までとは微かに異なっていることに気付く。意識を周囲へ向けた分だけ、幾重に重なってさざめく声の中、不思議なほどに彼らの言葉が耳に入る。

 ――メレフ様はどうなるんだろうな。
 ――メレフ様は養子。直系はネフェル様だろ。ネフェル様になるんじゃないか。
 ――だが長子はメレフ様だぞ。
 ――正式に皇太子として定められたわけでもないしなあ。

 彼らの興味は、成長期を迎えようとしている出自が傍系の第一皇子と、誕生したばかりの直系の第二皇子、二人の皇位継承権に向いているようだった。彼らは、皇統が既にネフェルに決定したことも、メレフが正統でないその理由も知らないのだ。リカルドゥスの正論はここにある。スペルビアに無用な皇位争いが生じないように、そこで不用意に国が疲弊しないように、その神輿と為り得るメレフ本人にあらかじめ釘を刺したのだ。彼女が無為な期待を抱かぬうちに。そしてそれをあの場で即座に正しいと言い切ってしまえたメレフはおそらく、ネフェルの誕生によって、自身がスペルビアの不穏分子の一つと化してしまったことを理解している。
 その聡明さこそが痛いと感じてしまうのは、メレフに対する不敬だろうか。

 ――陛下だって自分の御子が可愛いんじゃないか?
 ――だとしたら、メレフ様もお可哀想に。

 歩む速度は緩めずに、カグツチは強くこぶしを握った。不快だった。悪意のない言葉の一つ一つが黒い棘となって彼女に刺さる。壁に陣取る兵士たちと通路の中心を歩くカグツチには距離がある。聞こえていると思ってはいないのだろう。それらに一々反応するのもメレフの名声を落とす気がして、見る間にささくれていく心を、息を吐き出して堪えた。
 けれど、ハーダシャル一階へ降りるエレベーター前にて、そんな言葉が聞こえてしまった。
「ブレイドの譲渡は不可能なのだったか」
 嫌な予感がして振り返る。やや小型の巨神獣アルス兵器が道の中央を行き、発言者の姿は見えない。

「カグツチ様は、代々皇帝陛下のブレイド。……メレフ様の地位を盤石にするため、異例の歳で同調されたと聞いたが」
「それもこうなってはな。代々は皇太子として立ったときに同調の儀を行っていた。慣例を破るから、このようなことになる」

 逆にそれを言う彼らからも、カグツチの姿は見えないのだろう。遠慮のない些細な会話として漏れ聞こえる本心。ネフェルによる継承を前提に為される会話は、もしかしたら既にその話がどこかから漏れてしまっているのかもしれない。だからだろう。
 決して許してはならない言葉が続いたのは。


「結果論だが、メレフ様とカグツチ様は、同調しない方が良かった――」


 反射的に周囲へ広がりかけた蒼炎を辛うじて堪えた理性の堅牢を褒めてやりたい。

「その話、もう一度して頂けますか?」

 脳裏で弾けた衝動のまま、カグツチは踵を返して、声の主へと詰め寄った。巨神獣アルス兵器が通り過ぎ、やっとカグツチの存在に気が付いた兵士二人は声も返せずに硬直する。周囲に走った緊迫を完全に黙殺して、カグツチはいっそ穏やかに微笑んだ。

「失礼。いま、メレフ様と私に対する侮辱が聞こえた気がして……。ですが、このハーダシャルにおいて、そのような非礼が生じる筈がありません。私の聞き間違いだとは思いますが、確認のために、もう一度、お話し願いたいのです」

 憤怒が一周回った時、自分は逆に柔和になれるのだと初めて知る。焼き尽くす炎であるはずのこの身から、絶対零度の声が発せられることも。

「もっ、申し訳ございません!」

 揃って平伏する二人分の声が、先程までの喧騒全て死んでしまって静まり返った廊内に反響する。一部始終を見ていた者も、何事かと様子を窺いに来た者も、尋常ならぬ空気に臆して誰も何も声を上げれられない。

「なぜ謝るのですか?」

 カグツチはますます笑みを深めた。

「先程のお話を、もう一度、私の前でしていただければ良いのです。……ああ、そういえば、名前を聞いていませんでしたね」

 言える筈がない。ブレイドに向かってドライバーとの絆を否定することが、どれほどの地雷と為り得るか、アルストでは子どもでも知っている常識だ。その上で名を告げろなど、第一皇子のブレイドであるカグツチの怒りを買ってどんな処罰があるか分かったものではないのだ。
 今にも地べたに手を付きそうに垂れた頭を見下ろす。肩章から察するに百人隊長クラスの人間だ。それがあれほど不用意な会話を出来てしまうなど、皇宮を守る親衛隊と言えど程度が知れる。
 唾棄すべきもののように兵士たちを見るカグツチに、彼らを許すつもりは毛頭なかった。
 けれど、収束の見えない事態を強制的に終わらせたのは、思いがけない幼い声だ。

「カグツチ。陛下のお話は終わったのか?」
「メレフ様」

 泰然としてカグツチの傍に寄るメレフは、緊迫した場を不思議そうに見渡す。

「どうしたんだ、これは」
「いえ」メレフには微笑みかけ、兵士たちには再度辛辣な目線をくれてやった上で、カグツチはゆるりと首を振る。「少々、この者たちと肩がぶつかってしまいまして。謝罪を頂いていたのです」
「そうなのか。だが、このように怖がらせずとも……」
「ええ、そうですね」

 もう行きなさい、とカグツチが告げると、二人の兵士は大仰に再度頭を下げて慌てて離れていった。名くらいは聞いておきたかったが致し方ない。真の理由を、メレフにだけは知られてはならないのだから。会話を聞かれてはいなかったかと心配になったが、メレフは普段のように悠然と微笑んでいる。願わくば、他の兵士たちの無悪意も、聞こえていなければいい。

「控えの間にいらっしゃると思っておりました。どちらに?」
第二翼区シュメッシュにいた。アルバ・マーゲンの街を見ていたのだ。すれ違わなくてよかった」

 離宮に帰ろう、とメレフは歩き出す。周囲の兵士たちが胸を撫で下しながら、通常の業務に戻っていく。流石にメレフと共に在っては、先程のようなささくれる言葉は聞こえてこない。

「先の件」

 離宮への道を行きながら、メレフがカグツチを見上げた。一瞬、兵士たちとの一件かと思いどきりとしたが、メレフが指しているのは謁見の間のことであった。

「陛下から、お叱りをいただいたりはしなかったか…? おまえだけ残されたのも、ご不興を買っただとか……」

 窺う声が心配そうに揺れている。それが自身に飛び火することを案じた保身ではなく、ただ単純にカグツチの処遇を不安がっているのだ。その色を払拭するため、カグツチは「はい」と笑みを深くした。

「陛下には、広いお心でお許し頂けました。……メレフ様におかれましても、どうか、この身の浅慮をお許しください」
「いや、いいんだ」

 メレフは何でもないように首を振る。短い黒髪が光を弾いた。
 その声は先ほど、玉座の間でカグツチを制止した時と同じ響きをしていた。

「何もなかったならいいんだ。……良かった」

 それきり、しばらく無言で歩いた。軍事施設を兼ねるハーダシャル中央から離れるにつれ、行き交う兵士の数も減っていき、徐々に、等間隔に警備兵が並ぶのみとなる。乾燥した風ばかりが頬を叩いた。空を行く雲の流れが妙に早かった。耳障りな喧騒はもはや遠く、二人分の足音だけを聞いていた。メレフはこんな時でも背を伸ばしていた。こんな時だからこそ、かもしれない。
 離宮の庭園まで辿り着いた時、メレフは不意にその足を脇道へと逸らした。カグツチも続く。庭師も警備兵も遠い花壇の前で立ち止まった。

「メレフ様?」

 声を上げないメレフに向かって柔らかく呼び掛け、促す。言いたいことがあるはずだ。わざわざ人のいない場所を探すように歩いたのだから。

「……ネフェル殿下」

 ぽとりと、言葉が落ちた。少しだけ俯いたメレフのその視線の先の花壇へと。季節を迎えて色とりどりにプロペラポピーが咲いている。

「良いことだと、ほんとうに思っている」

 言葉を探すように胸元で右のこぶしを握り深い呼吸を繰り返し、それでも表現は上手く出ないようで、メレフの言は抽象的だ。それを捕捉するように、メレフは少々慌て気味に、言葉を続けていく。

「おまえは怒ってくれたが、陛下のお言葉は正しい。それにわたしも、殿下がお生まれになったことがほんとうに嬉しいんだ」

 メレフの横顔がふわりと和らぐ。その言葉に嘘がないことをカグツチは知っている。皇后陛下懐妊の報を受け、メレフの立場を案じて従者たちに緊張が走ったその中で、真っ先に純粋な喜びを表したのは当のメレフであった。従弟おとうとだろうか従妹いもうとだろうかと楽しそうにカグツチに笑いかけた彼女は、そのときには既に、従弟おとうとだったなら自分はどうなるか、まだ未成熟の小さな体のうちで、誰にも寄り掛からないまま覚悟を定めていたのかもしれない。
 その覚悟に至るまでに自分は必要なかったのだと思うと、痛みに似た寂寞が喉の奥に去来した。
 そんな身勝手も、もう一度零れ落ちた独り言のような声に霧散する。

「帝国待望の、正統の男児。……わたしのようなまがいものより、ずっとふさわしい」
「っ……!」

 弾かれたようにメレフへ向き直る。もう少し理性が足りていなかったら、その肩を掴むくらいはしただろう。

「メレフ様……そのようなことを、どうか仰らないでください」

 片膝を地に付き、目線を近づける。まだ背丈がカグツチの胸元程度までしかないメレフの目線は、けれどこうして屈めばカグツチより少し上に来る。所在なさげにしていた彼女の右手をそっと自らの両手に包み、けれど相応しい言葉を持たない自分が嫌になる。どんな慰めも、きっとただ上滑りするだけで、発した先を展開を想像するだに滑稽だ。結局、「メレフ様」と、もう一度その名を呼ぶことしかできなかった。

「なあ、カグツチ。わたしは――」

 カグツチを見つめて、メレフは戸惑うように瞬きばかりを繰り返す。薄い瞼がしきりに隠そうとする琥珀色の瞳の奥で、いくつもの感情が揺らいでいる。たとえば諦観。たとえば喜び。たとえば寂寥。たとえば納得。たとえば憂鬱。たとえば義務。たとえば――恐怖。
 幾つものそれらが混じり合い、同調したその瞬間に見た、そして今日のこの日までただただ真っ直ぐに輝いていた眼差しに、滲んだ翳を落としていた。
 それを見られてしまったことを恥じるように目を閉じたメレフは、一度だけ、大きく息を吸って吐き出すと、おもむろに首を振った。

「いや、なんでもない。忘れてくれ」

 瞼を開いてカグツチを見つめ直す、その目は既に普段と変わらずに透明だった。先程認めた翳こそが、見間違いだと思わせるほどに。ですが、と言い募ろうとしたカグツチを笑って制するメレフの右手が、カグツチの手の中からするりと逃げた。
 そのまま踵を返して歩き出したメレフは、三歩歩んで、くるりと回ってカグツチを振り返ると、いっそはしゃいでいるように、満面の笑顔で繰り返した。

「なんでもないんだ」

 遠ざかろうとする背中を慌てて追いかける。歩みながらなお言い募ろうとしたカグツチが口を開いた、それを遮るように「それよりも」とメレフはカグツチを見上げる。

「ネフェル殿下には、いつお会いできるだろう。わたしの従弟おとうと…。お目見えするのが楽しみだ。なあ、カグツチ」
「……そうですね。私の方で、日の確認を致します。すぐには難しいかもしれませんが…」
「うん、よろしく頼む」

 完全に話の腰を折られて、今更掘り起こすことも出来なくなったカグツチは、だからそれきり何も言えなかった。踏み込まないでくれと幼い肩が主張する拒絶を跳ね除けることが出来なかったのだ。そんなカグツチを責めるように、不意にごうと音を立てて二人の間をすり抜けていった突風が彼女の長い髪を浚おうとした。二人の足元では、何も知らないプロペラポピーの赤と黄色と薄紫がてんで自由に揺れていた。


 この日から、メレフはカグツチを避けるようになった。

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