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Dear, my dear.

ゼノブレイド2非公式二次小説置き場。 ジクメレ・カグメレ等メレフ中心。 管理人:琉

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運命

浅い眠りから覚めた貴方ははあはあと息を荒げながら、寝汗に湿る背中を丸めて数回咳き混み、恐れるように周囲を緩慢な動作で見回す。やがてそこが天幕の一角で、貴方は戦術の勉強をしていたことを思い出し、記憶よりずっと短くなった蝋燭に想像より長く寝入ってしまっていたことを知る。細く長い息を吐き出し胸の中の空気を賢明に入れ換えた貴方はそのまま後ろにあった木箱に深く凭れかかった。ぎしり、ときしむ音が控えめに響く。額に腕を起き、目を閉じて、うるさく駆ける心臓が落ち着くの辛抱強く待つ。瞼の裏には先ほど見た悪夢がこびりついて離れない。貴方は弱々しく首を振る。
 狂気的に目を怒らせる男。エメリナ様暗殺未遂事件の首謀者と思わしき男と全く同じ姿の、顔色の悪い魔法使い。貴方とクロムを嘲りながら本気で殺しにくる。クロムが剣を振るい、貴方が魔法を放つ。クロムが貴方を、貴方がクロムを守りながら隙を窺う。機は、来た。ファルシオンが男のひょろりと細い体を貫く。男はくずおれ、毒物が溶けるようにしゅうしゅうと煙を上げながら――それはとうてい人間の死に様ではなかった――死んでいく。肩で息をしながらクロムは貴方を振り返る。汗まみれの顔は解放感と達成感をたたえて笑っている。その瞬間。倒れたはずの男が急に身を起こしたかと思うとクロムに向かって魔法を放つ。貴方はとっさにクロムを押し退け、庇う。吹っ飛ばされた衝撃で視界が一瞬黒く染まった。痛みと痺れに耐えながら身を起こすと、慌てた様子でクロムが走り寄ってきた。貴方に致命傷がないことを認めたクロムは安堵の息を吐く。そしてそれは唐突に訪れた。どくん。不自然に高く跳ねた鼓動に、そのまま弾けて消えてしまいそうな錯覚に襲われる。視界の隅が赤く染まり、かすれて歪んで不確かになる。貴方の顔をのぞき込んで貴方への感謝を紡ぐクロムは貴方の異変に気づかない。ふ、と、一瞬だけの静寂、そしてクロムは目を見開いた。一変した表情が苦痛を滲ませる。いつの間にか鼓動は落ち着いていた。ぱり、と耳元をかすめた小さな音。魔力の残滓が右手から放散していく。のろのろと視線を下ろせば光の刃がクロムの腹を深々と突き抜けていた。貴方は目の前の光景と自分の右手が信じられずに石畳に腰をつけたまま後ずさる。お前のせいじゃない、うめきに近い声でクロムは言う。そして無駄のない精悍な体躯は力を失って倒れ伏し、とどめを刺したはずの男の声が、それがクロムのものならどれだけ救われただろう、男の笑い声が耳の奥で反響し、残響し、そうやって何もかもわからなくなった――
「ク、ロム…」
「――――……お、こんなところにいたのか」
 ぽつんと、落ちたきり誰にも届かず消えたはずの呼びかけに答えるように、天幕の入り口からクロムがひょいと顔を覗かせた。貴方は驚いて、けれど悪夢の疲労が抜けきっていないからゆっくりと、彼を見やる。ぐったりとした貴方を一目見てクロムは顔色を変え、傍に寄った。
「おい、大丈夫か!? 具合が悪いのか?」
「ううん、平気……ちょっとやな夢見ちゃっただけだから」
 それでも不安そうな色を消さないクロムに、貴方は笑う。
「ほんとよ、ほら、熱なんてないわ」
 彼の手を取って自らの額に触れさせる。寝起きには少しだけ火照っていたけれど、少し時間を置いたおかげで普段通りの体温だ。クロムは未だ心配を完全に拭ったわけではなさそうだけど、貴方が病気でないことに安堵した風に肩の力を抜いた。
「なら、いいが…」
「それよりクロム、どうしたの? 今日はもう軍議はなかったはずだけど」
 だから貴方はここで戦術書にふけっていた。
「いや」彼は首を振る。「飯だ、夕飯。お前が来ないからみんな心配してたぞ、あの軍師様が飯に来ないなんて、と」
「あ、ひどい、人を食い意地が張ってるみたいに」
「……違うのか?」
「ちょっとクロム!」
 デリカシーの欠けた彼の言葉に貴方は軽く襲いかかる。貴方の手を危なげなく捕まえたクロムは「あー俺が悪かった、どうどう」と犬をあやすかのように貴方を宥める。それが貴方は少々気に食わないけど、クロムが困ったように、まるで少年みたいに笑って頭を撫でてきたから、まあいいか、毒気を抜かれてしまう。後で読むからと戦術書を適当に片づけて蝋燭の火を消し、貴方はクロムとともに天幕から出る。いやな夢ってどんなだったんだ、とあくまで軽い調子を装おうとして固くなった声で(貴方を気遣おうとして失敗したことは貴方にはすぐに分かった)言った。対する貴方は自然な様子で首を横に振り、もう忘れちゃったわ、と応える。きっとそんな大したものじゃなかったのよと。貴方は本当は夢の細部、夢でクロムが言っていた一言一句、死線の上に立つ緊張感、荒い息、剣が風を切る音、その軌跡、こめかみを滑る汗の感触、貴方から正気を奪った鼓動と目眩、放った魔法、当たった感触、彼に刺さった光の輪郭、どうとくずおれた彼、そのすべてを色濃すぎる現実感とともにはっきり覚えていたけれど、そんなことクロムに言える内容ではなかった。貴方を殺す夢を見たの、なんて。
 貴方はクロムが好きだった。貴方は自らを彼の半身と位置づけて、同時にクロムも貴方を半身と位置づけた。記憶を失って真っ白で空っぽだった貴方を最初に信じてくれたクロムが貴方にとっては特別だった。出会ってから過ごした時間は、思い返せばとても短かったけれど、彼の近くにいた日々は濃密で、貴方が彼を想うようになったことはある種当然の流れだったのかもしれない。貴方にとっては幸いなことに、同じように濃密な日々の中でクロムは貴方を愛し貴方とともに歩む人生を選んだ。幸せでしょう。出会い、信頼し合い、支え合い、愛し合い、祝福されて、子を為して。ともすれば荒涼とした戦争すら覆い隠してしまうと錯覚してしまうほどに幸せでしょう。絶対的な絆があると貴方は誇っているのでしょう。だってあたしもそうだった。あたしもクロムが好きだった。クロムと出会い、信頼し合い、支え合い、愛し合い、祝福されて、子を為して、幸せを紡ぎながら完全無欠な絆の存在を信じていた。
 あたしは貴方の中にいる。
 かつてあたしだった、あたしという人間を器として再臨したギムレーの魂に意志に食われて潰れ千切れ死んでいた、それでもかろうじてギムレーの中に引っかかっていた残留思念と記憶のかけらが、あたしだ。ギムレーがルキナたちを追って過去、この世界へ渡ったとき、あたしと同じ存在でありまだ人間だった貴方に強く共鳴したあたしはギムレーの魂の一部とともに貴方の中に流れ込んだ。その際に貴方の記憶を破壊してしまったことは、申し訳ないと思っている。
 あたしはとても弱い存在で、貴方の意識の表層に上ることもできなければ貴方が貴方を内省したときに見つかることもない、存在そのものが嘘のようなものだ。あたしより遙かに強いギムレーのかけらさえ貴方に気づかれることはないのだから、風に混じっているちりよりわずかな存在なのだと思う。
 貴方はあたしだ。かつてのあたし。運命に潰える前のあたし。あたしは記憶を失うことはなかったしマルスと名乗るルキナに出会うことはなかったしエメリナ様の暗殺を止めることはできなかったけど大まかには貴方はあたしのかすかな記憶――ばらばらに崩れてしまってかけらたちをどうにか繋ぎ合わせちぐはぐな全体像を想像することしかできない――事実貴方を見ていると覚えはあるのに思い出せない事象がいくつも見つかった――を過たず辿っている。クロムと出会い、彼の自警団に誘われ、ペレジアと争い、エメリナ様は死に、ギャンレルを倒し、ペレジアの新王はファウダーという男に、ヴァルム帝国の侵攻に立ち向かい。やがて貴方は自分が邪竜ギムレーの器であることを知る。(記憶を失わなかったあたしもそのことは知らなかった、母さんはあたしとギムレーを繋げる要素を一切排除して、あたしは左手の紋章が何かも知らないまま成長した。)それでも貴方は立ち向かおうとする。仲間との、クロムとの絆が運命に打ち勝てると信じて。その末路に何が待っているかを知るはずもないまま。そしてあたしの肉体は運命通りに再臨したギムレーの器となり、あたしの精神は強大な竜の前にあっけなく踏みにじられた。クロムを殺し、ギムレーとしてかつての仲間を間接的に次々と死に追いやり、絶望に飲まれないよう必死な我が子の前に立ち塞がって完璧に黒々と塗りつぶされた絶望を注いだ。あたしはそれをすべて見ていた。ギムレーの中に漂いながら。ギムレーはそんなあたしをあざ笑っていた。
 貴方はきっと言うだろう。あたしと貴方は違う、あたしはクロムを信じる、クロムとの絆を信じる。それはあたしが犯した間違いとまったく同じ言葉なのに、それでも貴方はクロムとともに運命に立ち向かうのだろう。あたしも同じだったのよと言ったら貴方は信じるかしら。あたしだってクロムを信じ、愛していた。少なくとも軍師として及第点にあるはずのあたしの判断力はクロムの傍では鈍り、時折何をすれば彼が喜んでくれるか怒らせてしまうか分からなくなってしまうことがあった。同じように将としてなら及第点にあるクロムの洞察力はあたしの前では鈍り、あたしの扱いに困惑しながらそろそろとあたしに手を伸ばした。あたしに触れるクロムの手は大きく、節ばって剣だこのある、底抜けに優しいものだった。あたしの頭を撫でて、髪に触れて、手を引いて、そのたびにあたしは自分が何か特別美しくて脆いものになってしまったかのような錯覚を得たのだった。子を為すほどにあたしとクロムは堅く結ばれていた。その絆はきっと、夕暮れの太陽を溶かし込んだ海のような美しい赤色をしていたのだと思う。――少なくともあたしは、そう思いこんでいた。強固な繋がりがあるのだ、と。そうして結局運命がそれを断ち切った。あたしが信じたものはどこにもなかったのだとギムレーが囁いた。
 それでも貴方は胸を張るんでしょう。あたしがそうだったように無謀で向こう見ずな勇気を引っ提げてあたしを飲み込んだ運命に立ち向かうんでしょう。ねえならあたしは、貴方の辿る軌跡をすでに終えてもう『なくなってしまった』あたしは貴方を願うから。貴方は未来からの導きを手にしている。貴方たちが紡いでいく日々がこのままでは滅びの未来に繋がることを、あたしが知り得なかったことを貴方は知っている。それを教えるのはあたしの娘。貴方の、ではなくて、正真正銘あたしの娘。ルキナにすべてを任せるなんて母親失格だから、あたしはあたしに唯一できることをしよう。あたしの記憶はばらばらに砕けて鮮明さを欠いているけれど、その中でもまだ綺麗な輪郭を保っている部分を、存在自体が嘘みたいなあたしは可能な限り貴方に伝えよう。どれだけ貴方に届いてくれるか分からない。だけれど少しくらい先のように悪夢として貴方の瞼に映るでしょう。だから貴方も運命に挑んでみてよ。打ち勝ってみせてよ。未来を知っていること以外あたしと何も変わらない貴方がかつてのあたしと同じように盲信するクロムとの絆を携えてあたしがしたように滅びの運命に剣を向けて。そして運命に潰えたあたしとクロムの間にもちゃんと絆があったことを信じさせてよ。

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