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Dear, my dear.

ゼノブレイド2非公式二次小説置き場。 ジクメレ・カグメレ等メレフ中心。 管理人:琉

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追想


 深く被ったフードで顔を隠しながら、宛てもなくぶらぶらと歩いていたテオスアウレの片隅で、普段なら気にも留めない鉱物商の露店を見かけてつい足を止めてしまっていたのは、その店主が連れているブレイドの顔を良く知っていたからだった。

「ねえ、お兄さん! 興味ある? 見て行ってよ!」

 暇そう頬杖を付いて座っていた店主の娘がジークの視線に気付いて手を振る。無視する気にもなれず、呼ばれるままに近寄った。石畳に敷物を広げ、几帳面な一定間隔で未加工の原石が並べられている。どれも指先で摘まめる程度の大きさで、磨けばすぐに光り出しそうなものから、岩に緑柱の欠片が並んでいるもの、濁った白の中で赤や青や紫が不思議に入り混じっているもの等様々だ。
 娘の名はフローラと言った。鉱石が好きで、ブレイドと二人採掘の旅をしながら、資金稼ぎに採取した原石を売っているという。いつか新種の鉱石を見つけ、自分の名を付けることが夢なのだそうだ。

「新種なんぞ、そう見つからんのちゃうか?」

 最近はめっきり使わなくなったその口調が自然と出てきたのは、フローラの話を聞きながら、そんな冒険をジークもしたことがあるからだ。結果的に世界を救った旅の最中、仲間だったブレイドの、ささやかで途方もない夢を皆で叶えようとした。
 えへへ、とフローラは頬を掻く。

「まあ、そうなんですけどねー…。どこ掘っても知ってる石が出るだけ全然いい方で、虫が出ることもしょっちゅうですし。そのたびにメノウ……あ、私のブレイドなんですけど、が悲鳴上げちゃって」
「なによ、フローラだって同じでしょう? 虫なんて本当最悪」
「ね。でもね、そうやって色々なところに行くのってすごく楽しいんですよ」

 虫嫌いは相変わらずなのかと苦笑を噛み殺して、ジークはフローラの傍らに立つメノウを見た。
 かつてジークの仲間だったブレイド。かつて、メレフというドライバーと同調していたブレイド。
 そのときの記憶を既に失い、新たなドライバーを得たメノウは、相変わらず鉱石が好きで虫が嫌いで、冒険に胸を躍らせているようだ。
 それに、とフローラは、並べられた石の中から、樹木の年輪のように縞が走る、薄桃色の鉱石を手に取ってジークに見せた。

「これ、瑪瑙っていうんです。メノウが見付けて、名前を付けた鉱石。私も負けてられません」
「……と言っても、私にはその記憶はないのだけどね」

 メノウが首をかたむけて苦笑する。後頭部から垂れ下がる、燐光する桃柱の飾りがしゃらんと揺れた。

「私が、前のドライバーといたときに発見した石らしいの。知ってびっくりしちゃった」

 よう知っとるで、当事者や、とは言わずに、「へえそうなんか、凄いやないか」と感嘆の演技をした。
 覚えている。時間を見つけては辺鄙な岩場に赴いた採掘の旅と、虫が出るたびに悲鳴を上げて時には気絶したメノウ。怪しい鉱石も鑑定に出せば既に名付けられたものばかりで、そのたびにメノウは落胆の息を吐いていた。大嫌いな虫に決死で立ち向かい、ようやっと発見した綾縞の新鉱石に仲間たちのイニシャルから取った長ったらしい名を付けかけ、呼びづらいと結局瑪瑙という名が付けられた。
 そう、よく覚えている。そんなメノウのドライバーだったメレフのこと。メノウの虫嫌いを呆れたりせず心から案じていた。新種ではなかったと落胆して肩を落とすメノウの後ろ、ジークのすぐ傍で、彼女もまた静かに溜息を吐いていた。ジークと背を合わせるように大型のパラスの群れと戦い、ついに発見された瑪瑙に、一様に喜ぶ仲間たちの中、静かに、けれど誰よりも胸を弾ませていた――

「それに、あと、これ」

 瑪瑙を元に位置に戻したフローラが、また別の石を手に取った。

「不思議な形の石やな」

 それは砂色の石だった。ただ、石と表現するのを憚れる形状をしていた。まるで綻んだ花弁のように、薄い縦の層が隙間を開けて幾重に重なっている。その所々に、青い色が光っていた。

「デザートローズって言うんです。薔薇の花びらみたいな形でしょう? 砂漠や荒野でしか採れない石なんですよ。殆どがスペルビア原産で、これも、スペルビアのハンザック荒野っていうところで採ったんです」

 記憶を掘り返して感歎する。少なくとも百年前、そこはスペルビアにおいても獰猛なモンスターが跋扈する危険地帯だったはずだ。今現在の生態系は詳しくないが、フローラはドライバーとしてなかなか腕が立つらしい。
 そんな彼女は、デザートローズの砂色の花弁を彩って光る、小さな青を指さした。

「で、これ。普通デザートローズってこういう鉱石を含んだりしないので、すごく珍しいんですけど。で、この青い石の名前が……」
「知っとるで」

 無意識に声が深くなる。目が細くなり、頬が緩む。
 鉱石に詳しくないジークが、けれど遥かな未来に至るまできっと忘れないその名前。

「メレフナイト、やろ」

 その青色は、淡く深い。まるで高温で揺らめく炎のように――ついそう喩えてしまうのは、名前の印象に引っ張られているのだろうか。
 先に答えを言われて驚くフローラの代わりに、横のメノウが感歎の笑みを浮かべた。

「よく知っているわね、結構珍しい石なのに」
「ま、ちぃと昔な」

 本人を知っているというわけにはいかず言葉を濁す。メノウはそんなジークを不審がることもなく、その石を説明してくれた。

「知ってる? メレフ・ラハット。スペルビアでは英雄って呼ばれてる人なんだけど、その人が、私の前のドライバーだったらしいの」

 懐かしい。少しだけ感傷に似た懐古が、吸い込んだ息に紛れて胸を刺した。

「前の私が、そのメレフにちなんで、名前を付けたんだって」
「そう! だから私は絶対に新種の鉱石を見つけて、私の名前を付けるんです! 自分のブレイドと、その前のドライバーばかりの名前が残るなんて悔しいじゃないですか」

 フローラは胸の前でこぶしを作って力説する。
 せやなあ、と気のない返事を返す。
 記憶がなくなっても、自分が発見したことが分かるように。ジークが言い出して仲間たちが肯定したそんな理屈を以て、メノウは瑪瑙という鉱石名を残した。そして同じ理屈で、メレフを忘れても、その事実をまた知れるようにと。きっとそんな願いを以て、メレフナイトは定義された。
 透明な願いは叶って、だからジークの眼前で、フローラという娘は嫉妬に似た執念を燃やしている。
 そしてその名前は、ジークにとっても意味があった。

「……その石、くれへんか?」

 その他足元に並ぶ色とりどりの原石たちには目もくれず、ジークはフローラの持つその砂色を指さした。
 フローラの顔がぱっと明るくなる。上手く営業された気になったが、これは致し方ないものだ。

「はい、ありがとうございます! あ、でも……先程言った通り、結構珍しい石なので、あまり安くはないですけど……」
「かまへん。言い値で買うわ」

 手持ちで足りるかは怪しいが、王宮に来て貰えればこの程度の大きさの鉱石をひとつ買う程度の金はいくらでも工面できる。
 スペルビア原産の、薔薇の花弁を象った、メレフナイトを含んだデザートローズ。あまりにも出来すぎていて笑えるほどだ。ここでジークが求めずして、誰の手に渡るべきものだと言うのだろう。
 フローラの提示した額はぎりぎり財布の中身で事足りた。躊躇わずに金を渡す。持ち替える際壊れないようにと、フローラは傍らに置いていた、彼女の体格には少々大きすぎるほどのナップサックの中から、薄く小さい硝子のケースを取り出して、ジークの求めたデザートローズをその中に固定してくれる。
 その手付きを眺め、手入れの方法について説明を聞きながら、瞬きの合間の瞼の裏にはふっと、スペルビアの軍服をきっちりと着こなして凛と伸びた背が描かれた。もう二度と会えない後ろ姿。彼女とは長い付き合いになったが、こういう時に思い返すのはいつだって、あの旅の最中の姿、まだメレフがジークより年下だった頃のことだ。
 かつて旅の仲間だった背中。かつて同志だった。かつて友だった。かつて世界を語った。かつて他愛ない話をした。――かつて、ジークにとって、名前の付かない大切なもので、名付けられることを拒むように距離は一定で、確かに通じた何かがあって、言葉にしたことは一度もなくて、そして、共に生きることどころか同じように歳を取っていくことすらできずに、彼女はジークを置き去りにして、もう、世界のどこにもいなくなってしまった。
 サイカのコア・クリスタルを取り込んでブレイドイーターとなったジークは、その副産物として人間では在り得ない長寿を手に入れた。肉体の老化も驚くほどに抑えられ、あの旅から百年を数えて未だジークの外見は客引きの呼びかけに「お兄さん」と言われる程度の若さだ。一方のメレフはただの人間としてどんどん歳を重ねていって、私だけ老いていくのは不公平だとジークに八つ当たりしながら、どんどん離れて見えなくなった。
 メレフという物語は幕を閉じ、ジークの中でこれ以上思い出が増えることはなく、ジークが思い返す記憶さえ、これからの悠久の中で薄れて消えていくのだろう。いま、あの頃交わした幾多の軽口の、そのいくつもの内容を、忘れたことさえ忘れたように。
 だからこそ、メレフナイトは特別な意味を持つ。

 ――へえ。これがメレフナイトか。綺麗やんなあ。
 ――そうだろう。メノウが見付けだした。

 メノウがメレフナイトを発見したのは、あの旅が終わり、仲間たちの人生がそれぞれへ分岐した後のことだ。だからジークは、その石がどう見つけられたのか、その冒険談をメレフが得意げに聞かせてくれた話でしか知らない。確か、スペルビアで開かれた何かの会合に、ルクスリアの代表として参加したとき、晩餐会も終わった自由時間、夜が更けていくハーダシャルの彼女の離宮での会話だった。
 新大陸の調査任務に赴いた際に発見したと言うその鉱石は、ジークが今日フローラから買い求めたものよりずっと大きく純度が高く、同じ石の中で青の濃さが違っていた。そのときも、まるで揺らめく炎のようだと感想を抱いたことを覚えている。
 早速一部を加工させたと自慢げにメレフが見せてきた白い耳たぶには、小さな青いピアスが光っていた。それにそっと指先で触れながら、彼女は言った。

 ――これで、私の死後も、メノウの中に私が残る。

 カグツチの中には日記の記述として、メノウの中には自身の発見した鉱石名として。二人のブレイドが記録として事実として、自分がドライバーであったことを今後知り続けてくれるなど、稀に見る幸運だとメレフは笑った。
 そしてメレフは、ジークを見上げた。琥珀色の瞳は、何か心をくゆらせていた。それは愛情のようで、友情のようで、羨望のようで、郷愁のようで、言葉にすることを諦めて望まない感情は、真綿のようにジークののどを締め付ける寂寞と、同じ類のものだった。

 ――そして、……たとえば、時が経って、私がいなくなった後。

 既にジークより年上の外見になってしまっていたメレフは、優しく細めた目にジークを映した。
 そのときの自分は、確か、笑えていたと思う。

 ――このメレフナイトが、この名前が、お前の中の私を蘇らせる、よすがか何かになるのなら。こんな幸福も、そうはないな。

 言葉は正確な呪いのように時を刻み、砂色に紛れて指先にも足りない大きさの、それほどちっぽけな青色に、ジークの思い出は呆気なく引き出された。この世界からメレフが消えてもうずっとジークの中に空いていた、ちょうど彼女の形をした穴に今更触れられて。せっかく、喪失感にも慣れて、痛みは上手に忘れられたと思っていたのに。
 メレフ、お前の言う通りやったわ。
 こんな石ころがある限り、ワイはこの先もお前のことを、なんぼ忘れてしもうたとしても、なんべんでも思い出すんやろうな。 

「そういえば、鉱石言葉ってご存知ですか?」

 硝子ケースに鎮座するデザートローズを受け取ったジークに、ふっとフローラはそう聞いた。

「なんや、それ?」
「言葉通り、それぞれの鉱石が持つ意味のことですよ。まあ与太話みたいなものですが」

 そしてフローラから鉱石言葉を聞いたジークは、あまりに出来すぎた話に、我慢しきれずに笑ってしまうことになる。

「デザートローズは、願いを叶える石。メレフナイトは、強い意志、守護、鮮烈、それから、誇り高き人、なんですよ」

 ああ本当に。当然の記憶過ぎて、思い出すことさえしなかった。そうだ、ジークが失ったメレフは、いつだって強い意志を宿して、守るべきものを守護して、その印象は褪せていく懐古の中でなお鮮烈に。そんな、誇り高い人だった。
 ありがとうございました、と頭を下げる声を背に、テオスカルディアへ向かって歩き出す。最後にメノウを一瞥した。フローラと共に礼をしていたメノウは視線に気付いて顔を上げ、不思議そうな目でジークを見返した。かつてメレフのブレイドであった彼女が、どういう経緯でフローラと同調したのかを聞けなかったのが残念だった。もっとも、当のメノウがそれを知るわけもないだろうが。きっと鉱石好きで冒険好きのブレイドが、次のドライバーとまたそういう風に生きられるよう、メレフが生前に手を回したのだろうと想像する程度だ。彼女はそういう人間だった。厳格そうな顔をして、ブレイドに甘いドライバーだった。
 冬を極めた冷たい風が頬を刺し、ジークは身を縮こめた。せっかくサイカに無理を言って、お忍びで一人街に出てきたのだから、もう少し色々見て回りたかったが、財布の中身が足りなくなってしまったのだから仕方がない。思っていたより早く帰って来たジークに、その理由を聞いて、サイカはきっと、また衝動買いして、と呆れるだろう。だが、無駄遣いとは決して言わないはずだ。ジークが買い求めたものと、その理由を告げたら、きっとサイカも、懐かしい顔をしてくれるに違いない。
 そうしたら、二人で話をしよう。百年の昔の話を。まだジークが放蕩王子で、世界が雲海に覆われて、大地が巨神獣アルスだったそのときの話。世界を変えた旅の話。その中で他の仲間より共にいることの多かった、スペルビア特別執権官のこと。背を合わせて戦ったこと。庇ったり助けられたりしたこと。負けず嫌いが高じてまるでジークと同じ墓に入ると取れてしまう下手くそな冗談を言い放った生真面目さや、うっかり粗雑に男扱いして踏み抜いてしまった地雷や、魚が捌けなくて大騒ぎしていた可愛げや、上げていけばきりのない他愛のないメレフという名の思い出たち。 
 かつて確かにジークのすぐ傍で輝いていた、そんな炎の話をしよう。

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