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Dear, my dear.

ゼノブレイド2非公式二次小説置き場。 ジクメレ・カグメレ等メレフ中心。 管理人:琉

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冗談


 彼女のブレイドにそっと触れてみた。見事な毛並みは期待を裏切らずネフェルの手をぽふんと埋もれさせて、気持ちが良くて「わあ」と声が出た。当のビャッコは「私はペットではありません」と顔にはっきり書いていたが、ニアが「好きに触っていいよ」などと言ったもので、かつ相手がスペルビア皇帝なものだから下手なことができずに大人しく香箱座りを維持している。

「ふかふかで、気持ちがいいですね」
「へへ、結構いい感じでしょ? 昨日シャンプーしたんだ。ルクスリアなんて行った日にはそれでもごわごわになっちゃうんだけどさ、スペルビアはあったかくていいね」
「ありがとうございます。しかし、他国の方には少々暑すぎはしませんか?」
「アタシは寒いより暑いほうがまだ大丈夫」

 ニアの感性は彼女の猫耳に由来するものなのかどうか、ネフェルは数秒間真剣に考えた。「この辺撫でると喜ぶよ」とビャッコの喉元を掻くのを実演され、遠慮なく真似しているととうとうビャッコから「あの、陛下、私はペットではなくブレイド……」と控えめに異議が飛んだが、同時に喉がごろごろ言い始めたので申し訳ないがあまり説得力がない。ただ彼の矜持に免じて、幼い頃犬を飼ってみたかったことを思い出しました、と話の種にしようとした言葉を飲み込んだ。
 命を助けてもらってから、スペルビアへ赴く度に、ニアはこうして遊びに来る。最初に呼んだのはネフェルだったが、二度目以降はニアから来てくれるようになった。ネフェルはニアに、正確に言えばメレフの仲間たち全員にではあるが、皇宮の立ち入り許可を与えているので、たまに公務で席を外していたネフェルを出迎えてくれることさえあり、そんな時には政治で疲労した心が癒やされるのをネフェルは感じるのだった。
 世界が変貌して、大地が楽園となり、従姉が帰還してからも、それは続いた。レックス達と共に新世界を見て回る旅をしながら、レックスが受け継いだインヴィディアの傭兵団の依頼の関係で、ニアはしばしばスペルビアに訪れる。その都度遊びに来てくれるのは、ニアがネフェルを気の置けない友人として認識してくれているのを教えるようで、ネフェルにはとても嬉しい。こんな身分に生まれたからには友人など望めるはずもないものが、思いがけず叶っていた。

「そういえばさ、今日はメレフはいないの?」
「強制的に休ませました。最近働きすぎなので」
「任務か何かかと思ったけど、そっち? まあ、凄く想像できるけど。睡眠時間平気で削れちゃうもんね、メレフ」
「そうでしょう。それで倒れるなら正直まだいいのです。無理ができてしまうから良くない」
「でも、それって陛下もじゃない? 結構疲れてそうだけど。ちゃんと寝てる? ビャッコ貸そうか?」
「お嬢様」

 確かにこの白い毛並みを布団に眠れば疲れも癒えそうだったが、本人が抗議の声を上げたので謹んで遠慮させてもらった。ちなみに、もふもふもふもふと、撫で回す手はまだ続いている。謁見の間には硝子張りの天蓋で太陽の光が直接差し込んできていたが、空調が効いているためか、それともビャッコ自身の水の波動の影響か、豊かな長毛にいくら指を差し込んでいても熱いとは感じなかった。

「ビャッコさんは水属性のブレイドでしたね」
「左様です。水は全ての根源。私の回復の力も、人体の裡にある水や血の流れ、そして生命のエネルギーの流れを利用して治癒を行うものですから」
「ええ、貴方の力には、従姉も大変お世話になったかと思います。今更かもしれませんが、ありがとうございました」

 謙虚に一礼して、ネフェルはくすりと笑った。相変わらず喉を撫でられながら、ビャッコがネフェルを見上げる。

「失礼。彼が以前同じようなことを言っていたことを思い出して」
「彼って……ワダツミ?」

 ニアが問う。

「ええ、まだ、私のブレイドだった頃の彼ですが」

 ニアがふっと顔に影を落とした。ぴこぴこ動いていた耳が、しょんもりと萎れる。ネフェルの命には間に合ったが、ワダツミの記憶には遅かったことを気に病んでいるのだろうか。責めるつもりは欠片もなかったネフェルは、少々慌てて「すみません、気にしないでください」と自身の軽口を詫びた。あれは全てネフェルの無謀が招いた悲劇であって、救えない悲劇を悲しい思い出話に抑えてくれたニアには、感謝してもしきれないのに。

「彼と同調していたからでしょうか。全てのブレイドの中でも、水の属性が好きだな。なんとなく、落ち着く波動を感じるのです」
「陛下、その……それは、この手と何か関係が?」
「ええ、あります。とても。大有りですよ」

 もふもふもふもふもふもふもふもふ。
 遠慮なく白い毛並みをやたらめったらに撫で回しながらネフェルがにこりと首を傾けると、ビャッコは明らかに何か言い募りたい顔をしながら不承不承の体で目を閉じた。申し訳ないが、こういうときくらい権力を行使させて頂きたい。普段は我ながら、結構謙虚に生きているのだ。

「ふうん」

 ネフェルとビャッコの様子を面白そうに眺めていたニアが、ふと、元気を取り戻していた耳をぴこりと動かしたかと思うと、黄金色の相貌がきらりといたずらっ子の光を宿し、次の瞬間には人間としての彼女よりも耳と髪が伸びた、ブレイドの彼女がそこにいた。その姿にお目にかかるのは久しぶりだ。というより、あの巨神獣戦艦以来かもしれない。あの時は人間としての彼女よりも、やや大人びた優しさと美しさを感じたものだが、今こうして改めて相対すると、やはり一人のニアなのだと素直に思う。
 ニアは前屈みになって、ずいとネフェルと距離を詰めた。

「アタシも水のブレイドだけど」

 にこにこと言うより、にやにやと。健康的な色の唇が笑っている。伸びた髪が風に靡けば綺麗なのだろうなと考える。夏の最中に見る川のせせらぎを重ね、新世界を新たに縁取った海の波打ち際の透明度を彼女の鼻先に見た。鋭い悪意を受け流すワダツミの波動とは違う。耳たぶに聞こえる血流の音の優しさに近いビャッコのものとも違う。大きくて、自由で、全部受け入れて、大丈夫だよと笑う。そんな水。
 ネフェルをからかいたがっているのがこれっぽっちも隠されていなくてよく分かった。なんて反応をさせたいのだろう。特に深い意味は、なんて慌てて欲しいのだろうか。どういう意味でしょう、なんて気恥ずかしがって欲しいのだろうか。ただただ無言で瞬きをして欲しいのだろうか。瞬きひとつの裡に、ひとつ可能性を数え、思いつく限り洗いざらい網羅して、ご期待を全力で裏切ることにする。
 舐めてもらっては困る。
 歳の近いただの友達として扱ってくれるのは、とても嬉しいけれど、しかしてネフェルはやはり、スペルビア帝国の頂きに座る皇帝そのひとなのである。 

「ええ、存じています。ですので、ニアさんを含めて」

 真正面から、目を見て、見詰めて、瞳が一番輝く角度を意識して、唇を完璧な角度に釣り上げて、ゆっくりと、告げる。

「私は好きですよ、ニアさん」

 そして言葉を失い目を白黒させて口元を腕で覆い、びゃっと飛び退ったのはニアの方であった。ちょうど猫がびっくりして飛び跳ねる仕草そのもので、ネフェルは声を噛み殺して笑った。言葉がなかなか回復しないニアに代わって苦言を呈したのは、彼女の忠実なるブレイドである。

「陛下、お戯れを。お嬢様に他意はありませんゆえ」
「これは失礼しました」

 ついでに最後にもふりと堪能してビャッコを開放する。ビャッコはゆっくりと四肢を伸ばして、遠のいたニアの方へと歩み寄る。陛下の御前ですお嬢様、と、ニアを宥めているのが聞こえる。人間の彼女よりも長い耳が、人間の彼女と同じように感情豊かに動くのを楽しく眺めていると、じきに意図を外して逆にからかわれたのだと気がついたニアが、半眼になって眼の前に戻ってきた。
 人間の姿に戻ったニアはぷっくりと頬を膨らませた。

「陛下もしかして結構性格悪い?」
「おや、気付かれてしまいましたか」

 でも嘘つきではありませんよとにっこり笑ってみると、「ほらそういうところ!」と指を差される。「お嬢様失礼です!」とビャッコが声を上げる。でも本当に、嘘ではないのだ。それ以上の意味も、今は含まれはしないけれど。
 だってネフェルはニアの恋が別の場所にあることを知っているし、ニアはネフェルの憧れが向かうひとを知っている。
 だからこれは、子猫が爪を立てないパンチを繰り返すような、そんなお遊び。
 今のところは。
 からかったお詫びと楽しい時間のお礼に夕食を申し出た。ニアはしばらくぶすくれていたが、そのうち機嫌を直して頷いてくれた。夕食くらい従姉も呼び寄せようと決める。それから、美味しいクリームオレンジパラータも。ニアの大好物を、いつの間にかネフェルは把握していたのだった。


2018/07/15

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